第14幕 前哨Second Push。②
今回、清寿は調理場に移動せず、そのまま食堂で作業をするようだ。
使う場所は、グレイスたちが座っている方の長テーブル。
ここは先ほども作業に使っていたので、暖炉の真ん前が2席分ほど空いている。
そこに調理器具と材料を並べ、準備を始めた。
準備と段取りは清寿の得意分野である。
清寿はエヴァに軽く指示を出し、自身もテキパキと準備と下拵えをしていく。
先ほどは状況把握に時間を費やしたが、今度は目の前の手札を組み立てるだけだ。故に、作業の流れに淀みはない。
「キヨを見てるだけでも面白いね〜!!」
イリーニャが好奇心を抑えられないと言った風で、清寿の近くに寄って作業を覗き込み、朗らかに笑う。
それに反応するように、多くの者が感心の声を上げた。
それからイリーニャに触発されたのか、ポツポツと数人が席を離れて清寿の近くで作業を眺め始めた。
「……凄い手際ですね」
メイビーは手元を凝視しながら、目をパチクリさせる。
その横でセディは腕を組んで頷き、並べられていく材料に首を捻る。
レニーは理解が追いついていないのか、呆気に取られてポカン顔である。
けれど、邪魔にならないように適度な距離を保っているところが彼ららしい。
「……ほんまや……確かに、魔法見とるみたいや」
スゥは徐々に形を変えていく食材に興味津々で、身を乗り出して覗き込む。
そこにアズも負けじと身を乗り出し、目をキラキラさせてうろちょろし始めた。
「おらぁ。アズもスゥも、邪魔すんじゃねぇぞぉ。大人しく待っとけぇ」
清寿の作業姿を酒のツマミにしてたグレイスが、渋い顔で言い放つ。
けれど、アズもスゥも負けてはいない。あからさまな不満顔で文句を返す。
「やだよ! グレは真ん前でよく見えるから良いかもだけど、俺たちの場所から見えないんだもん!」
「なぁ。場所的に、手元が全然見えへんし」
頑として、清寿の側を離れないでいる。
そこからしばらく、清寿を挟んで喧々諤々。
けれども、3人とも清寿をそっちのけで、あーでもないこーでもないと言い合いが繰り広げられている。
そこへチャチャを入れたり、ヤジを入れたりが加わって、アッと言う間に混沌の再来である。
しかしまぁ、何と言うか。基本的に皆、自由奔放と言うか縦横無碍。
個性があると言えば聞こえが良いが、かなりクセが強めの集団なのだろう。
今まで味わった事のない乱雑無秩序な距離感に、清寿は愛想笑いを浮かべるしか出来ずにいた。
──中学時代の文化祭だったか、合唱コンクールだったか。
清寿の脳内には、遠い昔に見た風景がぼんやりと浮かぶ。
こんな風にグダグダになって何も進まず、時間だけが過ぎていった事を思い出していた。
入るタイミングが掴めない。傍観するしか術がなく、空気に押し流された記憶である。
ただ、今回もあの時と同様に収拾が付かないままかと思いきや、喧騒はあっけなく幕を下ろした。
「卵、持ってきました」
食堂の扉の方から聞こえるアルの声に、皆の意識が向いたからだ。
卵の入ったカゴを抱え貯蔵庫から戻ってきたアルは、臆する事なく通る声で喧騒に割って入る。
そのまま清寿に歩みよると、作った顔でニッコリと微笑んでカゴを差し出した。
「あ。こっちちょうだい!!」
そして今度は、エヴァの声に皆の目線が動く。
エヴァはアルに駆け寄ると、アルが手に抱えていたカゴを受け取って、猥雑な雰囲気を物ともせずに卵を数えだした。
いやはや、流石と言わざるを得ない。
何だ言っても、この集団に馴染んでいるだけの事はある。
この騒動を、注力する必要ない出来事と判断しているのだろう。
端から沈静させる気などなく、大して気にも留めていない。
何せ、アルは意識を逸らしただけ、エヴァは自分の仕事しか見えてなかっただけの話であるのだから。
けれど思いの外、効果覿面だったようだ。
2人が醸し出す『我関せず』のオーラに、皆の意識は目の前から移動したようである。
騒いでいた者たちも少し冷静になったのか、徐々にトーンダウンし始め、結果として騒めきが収まり始めていた。
「20個ありますが、どうしますか?」
騒ぎが治まったところで、エヴァはそれも気にしていないようだ。
何事もないように清寿を見やると、柔らかく笑い返した。
「半分は卵焼き。残りの半分は茹で卵を作るから、こっちに貰って良いかい?」
清寿の言葉にエヴァは快活な返事をして、テキパキと卵を分ける。
それから、今度は指示をせずとも卵焼きに必要な道具を揃え始めた。
「卵、さっきと同じように混ぜてたら良いですか?」
先ほどの流れも、きちんと覚えているようだ。
エヴァは次に自分ができる事を探して動いているようで、今度も的確な提案を出してきた。
「助かるよ。お願いして良いかな?」
清寿は思わず顔を緩めた。
動作は辿々しく効率的とは言えないが、説明した事は覚えてくれているのだろう。充分戦力になっている。
その証拠に、時間は掛かっているものの、教えた通りに卵を割っている。ーーまぁ、成功率が低いのは『ご愛嬌』の範囲にしておこう。
それでも、ボウルへ直に卵を割り入れずに、別なお椀に一度割り入れて、失敗した分は殻を除いているのだから。
小さいながらも、確かな成長ではある。
そうやって、悪戦苦闘しながら卵を割っているエヴァを見ていたユルが何か気がついたようで、嬉しそうにエヴァへと声を掛けた。
「お!! それって、さっき言ってたやつかい?」
「そうです。ユルさんが持ってきてくれた枝で、キヨさんが作ったんですよ。まよねーずもこれで作ったんです!!」
エヴァの傍には、小枝で作った簡易の泡立て器。
ユルはエヴァの得意気な表情から自身の貢献を目敏く嗅ぎ取ったようで、大きな瞳を細めて破顔する。
「へ〜!! 凄いな!! こんな風になったのか!!」
小枝は思いもよらない形になって、この空気を作るための裏方として活躍していた。
ユルはその事実が堪らなく嬉しいようで、垂れた目をなお垂れさせて口角を上げる。
「はい! ユルさんのおかげで、まよねーずができました!」
そうやって、追撃とばかりにエヴァから満面の笑みを返されたものだから、いよいよもって堪らなかったらしい。
「流石は俺だな! やっぱ、仕事の出来る良い子だな!」
ユルの甘いマスクが明るく輝き、トレードマークのウインクと投げキッスが炸裂する。
それからエヴァとユルは周りをほったらかしで、顔を見合わせてクスクスと悪戯っぽく笑い始めた。
その風景をしばらく柔らかい眼差しで見守っていたが、目線を自身の手元に戻す。
そう、眺めていても仕事は進まない。
既に第2ラウンドが始まっているのだから、ゆっくりしている暇はないのだ。
清寿は、次の作業に移る為に場所を移動する事にした。
「ちょっと、向こうで玉ねぎ切ってくる」
そう言って抱え上げたボウルには、皮を剥いた玉ねぎ数個。
どうやら下準備で、今から玉ねぎを切るらしい。
「へ? 何でだ? ここで切りゃ良いじゃん?」
グレイスは素っ頓狂な声を出して、頭に疑問符を浮かべる。
どうやら、清寿の行動の意味が全くもって理解できなかったらしい。
「目に染みるぞ?」
そう。言動の理由はこれ。
食堂には作業台なんて小洒落た物は存在しない。
幾ら今まで空いてる場所で作業していたとは言え、使っている場所は長机の1、2席分。本当に猫の額のような極小スペースである。
「……んな、大袈裟なぁ」
大仰な冗談とでも受け取ったのか、グレイスはケラケラと軽い感じで笑う。
セロもユルも、他の者だってそうだ。
失笑のような、冷笑のような表情を浮かべている。
そうやって、バカにしているわけではなかろうが、少し呆れてはいるようだった。
「後悔しても、責任は負えないからな?」
困ったように笑う清寿だが、それ以上は言えないでいる。
こう言う場合は、どうせ説明しても無駄に終わる事を知っているのだから。
ならば、身をもって経験してもらう以外に術はなかろう。
現にエヴァは、『玉ねぎをここで切る』と分かった瞬間、離れた場所に道具を一揃えサッサっと移動させてから、作業の続きをやっているのだから。
ーー経験とは、本当に偉大なものである。
清寿は少しの躊躇いがあったものの、手に持っていたボウルをままよと机上に下ろし、観念して玉ねぎを木板の上に並べ始めたのだった。




