第12幕 Something new ④
「まぁ、食べても大丈夫そうだし、卵も新しいみたいだから、マヨネーズを作るか」
異世界と言ったら『マヨネーズ』。是非とも、やっておきたいところだ。
まぁ、清寿自身は詳しく存じ上げないのだが、
『異世界じゃ、とりあえずマヨネーズ出しときゃ良いと思ってんのかよ! てか、日本の衛生基準舐めんじゃねぇぞ! おかしいだろうが!』
と、親友がキレていた事を思い出したのが起因のようである。
「まよねーず……ですか?」
──何だっけか。これがお約束の反応だったろうか?
エヴァの反応に、清寿はもう少し親友の話を真剣に聞いておけば良かったと少し後悔をしてしまった。
調子に乗った自覚はある。だが、後悔先に立たずだろう。
「こっちには無いのかな? ……まぁ、卵で作るソースだよ。コレもちょっと根気と体力が要るけど、味に変化が付けられるし……口に合うかが問題だがな」
少し目を泳がせながら、口をモゴモゴさせて歯切れが悪い言葉を並べた。
典型的な動揺の仕草。言ったは良いものの、途端に正気へ戻ったようだ。
清寿はさっきまで調子に乗っていた事を、既に後悔し始めたようである。
「それも、新しい料理なんですね! 食べてみたいです!!」
エヴァは清寿の心中など見えず、ただただ未知への渇望を爆発させる。
キラキラ輝く表情が眩しい。そう言われると、引くには引けない。
「じゃあ、作ろう。……ちょっと目分量になるから、上手く行くかは微妙だけどな」
要らない言い訳を先に付け加えるあたり、随分不安が濃くなっているようだ。
ーー調子に乗って、慣れない事をやるからこうなる。
けれど、体が覚えているのだろうか。
清寿は動揺しているにも拘わらず、意外と手際良く作業を進めている。
「まず、卵の卵黄と塩、砂糖、ワイン酢を入れて、混ぜていく」
深い椀に入れた卵黄に、迷いなく調味料を加えて混ぜ始めた。
小枝で作った泡立て器は使えないことはないが、やはり少々使いにくい。
ただ、オーソドックスな卵黄のみのレシピをチョイスするあたりが清寿らしくある。少しでも失敗の確率を下げたいようだ。
「卵を生で……」
一方、エヴァは現実に直面したようだ。浮かべた表情は引き気味である。
目の前でよく分からない『ゲテモノ』を使った何かが錬成され始めたのだから無理もない。それでも視線は外さずに、作業を見つめる気概は見せる。
清寿はそんな様子のエヴァの横で、更に不安を募らせる。
頭の中ではマイナス思考が勢力を拡大させて、思考回路が重くなる。
だが、だからと言って今更途中放棄はできないだろう。
「ここから油を少しずつ入れて、その都度しっかり混ぜる……コレの繰り返しだ」
椀底に広がる黄色に、油の糸が細く垂らされる。
卵黄と分離している油を、ここから馴染ませていく作業がしばらく続く。
「……結構、大変そうですね」
エヴァの眉間に皺が寄る。それも致し方ない。
今はまだ、得体の知れない物体を混ぜ合わせているに過ぎない絵面である。
しかもそれを必死に混ぜているのだから、意味が分からないのだろう。
「だな。結構大変だよ。これを、白っぽくもったりするまで根気強く混ぜるんだ」
手首は痛いが、泣き言などは後でいい。
道具が使いづらい分、ここは気合いを注入させざるを得ない。
そのおかげか、やがて小さな兆しが現れた。
鮮やかな黄色が、徐々にとろみを帯びたクリーム色へと変化しだしたのだ。
「わ! 変わってきた!!」
眉間の皺がパッと消えて、エヴァの目に再び輝きが戻る。
透明な油の糸が注がれるたび緩やかに粘度を増して、とろりとした艶が生まれる。
「良かった。いけたみたいだな。あともう半分」
清寿にとっては、品質よりも見切り発車のゴールが見えた事の方が重要なようだ。
失敗だけは回避したかった。どうにか形になった事に安堵する。
「すっごい!! それに、卵二個なのに、随分量が増えましたね!!」
注いだのは、並々ならぬ根気と油。
ただ、2個の卵黄からここまで量が増えたのは、それだけ油を加えた証拠。作るたびに思うが、凄い油の量である。
「今の状態じゃ日持ちもしないし、これ以上の量は作らないけどな。だけど、今日の味見分には丁度良いんじゃないかな?」
23人分。そこの加減がイマイチ掴めない。
卵黄2個で出来上がりが200グラム程度。よく見る大きさのチューブ容器の半量程度。このくらいなら、どうにか消費できるだろう。
出来上がりを手の甲に落として、ペロリと舐める。
「ん。どうにか成功したみたいだ。味も悪くない」
ちょっと脂っこくてぼってりしているが、味はちゃんとマヨネーズである。
清寿は思わず安堵の息を漏らした。そして、横から感じる熱視線。
「……ちょっと、味見してみるか?」
元々そのつもりではあったが、何だか気圧されて言わされた気分になってしまう。
生の卵への嫌悪感はどこへやら、エヴァの目が興味津々に清寿を捕らえていた。
「良いんですか!?」
「調味料だし、そのままだから……そこまで期待はしないでくれよ?」
ピカーンと光るエヴァの笑みに、清寿は眉をヘニョリと下げた。
凄くハードルが上がっているように見えて、内心は戦々恐々である。
清寿はマヨネーズを小さなスプーンで掬い、エヴァに渡す。
興味と不安が押し合いしているのか、エヴァは少しの葛藤を見せた。
それから意を決したように目を閉じ、勢いを付けてスプーンを頬張った。
エヴァの閉じられた目は、やがてジワジワと丸く大きく開いていく。
モゴモゴと口が動き、その後に喉が大きく動く。
「……美味しい」
小さく零れた言葉が、清寿の肩の荷を少しだけ下ろしてくれた。
「はい、どうぞ」
褒めてもらった事に気を良くしたのか、先ほど茹でたジャガイモにマヨネーズを乗せて差し出した。
「え? 俺だけ先に食べていいんですか?」
キョトンとするエヴァに、清寿は目を細めた。
「味見は必要な作業だよ。ちゃんと味が整っているかの確認だからな」
そう。味見は大事。
それが身に付けば、今までのロシアンルーレットのような料理も、過去の笑い話に変わるはずだ。ーー目分量なら、尚の事。
「ん。おいひい……」
エヴァは両手でほっぺたを抑え、ニヤける顔を必死で制御しようとしているが、それはどうにもままならないようだ。
「よかった。じゃ、マヨネーズは完成だな」
清寿の顔にも笑顔が綻んだ。
「さて、肉もそろそろ良いだろう。野菜を入れてから、スープに取り掛かるか」
煮込んだ肉に野菜を加え、強火のゾーンに移動。
ひと煮立ちした後に火力を落とし、塩で味を調整する。
そこからは、再びゆっくりと火を入れていく。
湯気がゆったりと調理場に広がり、空気に溶ける。
鍋の中では具材が楽しげに、コトコトと小さく踊っている。
揺蕩うスープからは、先ほどと違う香りをふんわり漂わせ始めた。
「いい匂い……」
エヴァの鼻が小さく動く。
野菜に火が通るまで、あともう少し。




