第12幕 Something new ③
「さて、ジャガイモはそろそろ良さそうだ」
清寿は鉄串を片手に鍋を覗き込んだ。
鍋の中では、お湯とジャガイモが小さく揺れている。
その内のひとつに鉄串を刺すと、抵抗なくするりと入っていった。
充分に茹であがったようだ。
水切りしたくてもバットもザルも見当たらないので、今日は布を敷いた皿の上に出していく事にしたらしい。
清寿は鍋を抱え、シンクの方に移動させた。
このままでは作業がしにくいので、とりあえず中のお湯をできる限り捨ててから取り出すようだ。
ジャガイモが飛び出さないように、慎重に鍋を傾ける。
シンクに流れるお湯からは、柔らかく微かな土の香りと湯気が広がった。
「あ……」
大きく湧き立つ湯気が、清寿の眼鏡を豪快に曇らせる。
視界を遮られた清寿は、あたふたしながら滑稽な挙動になってしまった。
その様子に、エヴァは思わず吹き出した。
意外な一面は、エヴァの笑いのツボに直撃したようである。
笑い声に湯切りを止めて、シンクに鍋を置いた清寿はバツが悪そうに慌てて眼鏡の曇りを拭う。
何とも言えない気恥ずかしさに、清寿は情けない表情を浮かべた。
「アルも、時々なってますよ。同じように、眼鏡拭いてます」
エヴァはクスクス笑いながら、フォローになっていないフォローをしてくれる。
──確かに『眼鏡あるある』だが、格好が付かないなぁ……。
清寿は恥ずかしそうに頭をポリポリ掻くと、誤魔化すように笑った。
気を取り直して、湯切りを再開。今度は眼鏡を外して臨む。
見えにくい分、目付きが悪くなっている自覚はあるようだが、同じ轍を踏みたくないらしい。眉間に皺、目を細めて作業を続ける。
あらかた湯切りが終わると眼鏡を掛け直し、ジャガイモをお玉で取り出した。
ジャガイモは皮ごと使う。くし形に切り分けて、粗熱が取れるまで放置だ。
ジャガイモの下処理が終わり、小枝の様子を確認すると、表面の水分はどうにか乾いているようだった。
本来ならしっかり乾かしてからの方が良いのだが、今日は目を瞑る。
試してみて使えるようなら、本格的に作れば良いのだから。
そこら辺に落ちていた麻紐を軽く洗い、幹の部分をグルグルと縛る。
煮沸したのにとも思ったが、食材が当たる枝先ではないから良い事にする。
これで簡易泡立て器(仮)の完成だ。
「何だか、箒みたいですね」
エヴァは清寿の手元を興味津々に覗き込んだあと、目線を上げる。
「そうだな。でも、料理に使用済みの箒は使えないから」
ぶっちゃけ、簡易竹箒と作り方は一緒だ。
清寿はそれを小枝で調理用として小さく作っただけの話である。ーーただ、小さい箒があっても、使用済みは流石に使いたくない。
「じゃあ、これは一旦置いて、次の作業に移ろうか」
残りの野菜の皮を剥き、手本に揃えて切ってもらう。
切り終わると、絞った濡れ布巾を被せた。
「ん? 何で、そんな事するんですか? おまじない的なものですか?」
エヴァの目には、清寿の行動が何だか恭しく映ったらしい。
不思議そうに首を捻る。
「そのままにしておくと埃が付くかもしれないし、野菜が乾いてしまうからな」
ラップがあれば、清寿の説明もエヴァの感想も違ったのかもしれない。
けれど、食材を大切に扱うと言う事においては、エヴァの感想はあながち見当外れでもない気がしてしまう。
「野菜、乾いたら駄目ですか?」
エヴァは瞬きを繰り返す。
考えた事もなかったのだろう。目から鱗が何枚も落ちているようだ。
「まぁ、今日は直ぐに使うから問題ないが。味が落ちる場合もあるから、念のため」
清寿の言葉に感心したのか、エヴァは小さく頷くと手早くメモに落とし込む。
まぁ、元の世界だったら、何ならついでに冷蔵庫にも突っ込んでいるところだ。
清寿的には、不可能な現状に対する小さな抵抗なのかもしれない。
「ところで、この国で生卵は食べられているのかな?」
唐突に話題を変えた清寿だったが、これは聞いておかねばならない事だった。
何故なら答え如何では、これから作る予定のモノが分岐するからだ。
「生卵……卵を生で食べるって事ですか?」
エヴァの表情が、怯んだように僅かに曇る。
「そう。生で食べる習慣、もしくは生で卵が食べられるかって事だよ」
それでも清寿が追撃したところを見ると、どうしてもやりたい事があるようだ。
エヴァは「うーん……」と、腕を組みながら眉間に皺を寄せた。
「この国では、どちらもありませんね」
何となく歯切れが悪い。言い方的に、断言を避けたようなニュアンスを感じた。
「じゃぁ、食べれないって事かな?」
その違和感に気付いたのか、清寿は尚も食らいつく。
柔らかい表情を纏いながら、疑われないようジリジリと相手を誘導し始めた。
勿論、純粋な情報収集と探究心。だが、清寿のペースに乗せられたら最後だ。
ーーこの男の悪い癖。悪気がないのが尚タチが悪い。
「いや。正確に言えば、卵に限らず、この国では食材を生で食べる事が一般的では無いんですよね。多分、見た目とか食感からだと思うんですけど、『蛮行』とか『ゲテモノ喰い』とか……」
ひとつ目の情報を引き出した。
「そうなんだ。じゃぁ、生で食べる食材はないって事かな?」
うんうんと頷き、次のルートを指し示す。
「まぁ、野菜は生で食べる事もあるみたいですけど。それも貴族が食べるような高級品に限っての話なんで、特殊な話だと思います」
ふたつ目。エヴァの言葉が、清寿の知りたい答えに一歩近づいた。
「なるほどな。じゃぁ、こっちの世界では食材を生で食べないのか」
確定の言葉と共に、納得したふりをする。
「いえ。西方地域では、卵や魚も生で食べるみたいですね。確か、マリィさんたちが言っていた気がします。だから、俺の知っている限りの話しですけど……」
みっつ目の答えは確信に近付いた。優しい目の奥は獲物を狙っている。
「だったら、一応、生食は可能と言う感じかなぁ?」
いよいよ最深部へと踏み込む。これがクリアできれば欲しい答えが手に入る。
「多分、そうなんだと思います」
エヴァの答えに目を細める清寿の微笑みは、一層の優しさをまとう。
探していた答えに辿り着いた。無意識の満足感が抑えきれなかったようだ。
ーー本当。これだから、ホリックワーカーはタチが悪い。
「ちなみに、卵はいつ買ってきた?」
知りたい答えを確定させて、確認事項を最後に持ってくるあたりが実に清寿らしい。
「卵は……確か、昨日買って来てくれてたはずですね」
──やはり、作っておくべきだろう。親友も鉄板ネタだと言ってたからな。
清寿の脳内には、何やら料理以外のお目当てがあるようだ。
どうにもそのために、石橋を叩いていたらしい。
ただ、エヴァは清寿の優しいエスコートに誘われた事には気付きもしない。
優しい笑みを浮かべる目の前の男は、地味だが優秀な企業戦士なのである。
ーーただし、仕事に関して『だけ』は。なのが、残念だが。




