第12幕 Something new ②
「次にちょっと脱線。木の枝を茹でるから」
清寿は、ユルに頼んで持ってきてもらった小枝をあさり始めた。
「え!? コレも食べるんですか!?」
清寿の横でメモを取っていたエヴァの目は、みるみるうちに極限まで大きく開いていく。
「いや、これは流石に食べないよ」
エヴァのリアクションに、清寿は頬を掻きながら思わず眉根を下げた。いくら材料が乏しいからと言って、小枝を調理するのは無理だ。
「ちょっと他の道具を作ってみようと思って。念のために、煮沸消毒しておくんだよ」
「他にも道具……作れるんですか!?」
清寿が選んだ物は、華奢で小さく枝分かれが多いもの。
そのお眼鏡に適った小枝を選り分け、寸胴にポイポイ入れていく。
「昔話で聞いた事があってな。上手くいくか分からないけど、挑戦してみようと思ったんだ」
清寿は何か企んでいるようで、そのための道具を作るようだ。
そんな清寿の作業を眺めながら、エヴァは「うーん」と考え込んだあと、不思議そうに清寿を見上げた。
「キヨさんは、何のお仕事されてたんですか?」
たくさんの『何故』が積み重なった挙句の問いだろう。
「う~ん? そうだなぁ……」
清寿は、何と説明すれば良いのやら。
『営業企画』と言ったとて、多分通じないだろう。
「商売と商売を繋ぐ仕事。店に有る品物が、どうやったら沢山買って貰えるかを考える仕事かな?」
暫く考え込んだあと、なるべく簡単な言葉を選んで返答をする。
誘い水に詳しく語りたくもあるが、どこから説明すれば良いのかが分からなかったのだ。
「なのに、料理も道具も作れちゃうんですか!?」
エヴァは『意味が分からない』と言った風で、困惑のような驚愕のような表情になってしまった。
「まぁ、俺の国では家で料理を作る事も多いからな。それに、道具作りにしても、やろうと思えば情報や方法が手に入る環境だったんだ」
今思えば、向こうは随分と便利な世の中だった。
物質にしろ情報にしろ、ネットの海を漂えば望んだものは大抵手に入るのだから。
「じゃあ、やっぱり、『カガク』の道具も作れたり……」
エヴァの瞳がキラリと輝いた。
「残念ながら、そこまで高度な品物は作れないよ」
残念ながら、そこは清寿の範疇外である。
まぁ、向こうの人間だって、科学の知識は一般教養程度は持っていても、作れない者が大半だろう。
例えば、塩水に金属を刺して電気を発生させる事ができても、電球もモーターも作れない。そんな感じだ。
「そうなんですね……」
エヴァの輝いた瞳が、瞬殺でしょんぼりしてしまったが、ここで大見得を切ってもしょうがない。
嘘で気を引いたって、後々自分の首が絞まるだけである。
「でも、雑貨作りや料理は一人暮らしに役立つよ。『生きる術』だから」
そう言う事だ。舌先三寸で背伸びをしても良い事はない。
地味でも、自分が持っている知識を生活に根付かせた方が、現実的で有効だろう。
「さっきも言った通り、ここで通用する知識は、遠慮なく使って欲しい。そして、次の誰かに繋がるように覚えてて欲しいんだ」
それは清寿の本音で、小さな願い。
英雄になれなくても、自分がここに居る意味が欲しい。
「はい!!」
清寿の思いを知らずとも、エヴァは素直に受け取ってくれる。
こう言うところが、エヴァは本人が卑下するほど無能ではない事を証明しているのだが。ーーいつか気付いてくれるだろうか。
「さて、小枝を揚げて乾かしておくか」
小さく笑みを返しながら、清寿は作業を進める。
小枝を入れた鍋が沸騰して、10分は経ったはずだ。そろそろ良いだろう。
小枝を揚げて、端に敷いた布の上に広げて乾かしておく。
横に並べている鍋からは、ブーケガルニの少し青臭くて清涼感のある匂い。
水面はコトコトと揺れ、優しく柔らかい湯気を漂わせている。
ジャガイモと塩豚の様子を確かめるが、こちらはまだもう少々掛かりそうだ。
せっかくなので、清寿はもう一手間加える事にした。
「それは何をしているんですか?」
清寿の手には大きめのスプーン。
それを使って、何やら表面を掬っては捨てるを繰り返していた。
「灰汁取りだよ。今日は簡単にしかしないけどね」
ここらの水は硬水……と言うか、冷泉とでも言うのだろうか。
匂いも味も。とにかく、ミネラルたっぷりのようなので、灰汁がよく出ている。
「アク……ですか?」
怪訝な顔をして、エヴァが呟く。
イントネーションが違っているところを見ると、何やら誤解が生じたらしい。
「食材の雑味や臭みが固まった物って言ったらいいのかな? 取っておくと、料理が澄んだ味に仕上がるんだ」
「え? 後で水を捨てるのにですか?」
──灰汁以前に、出汁の概念もないのか。
そう言えば、そう言う調理法をやっていた国があった気がする。
食材を茹でに茹でて、茹で汁を捨ててしまう国。
だったらこの国の食文化は、その国と近いものがあるのかもしれない。
「今日は、茹で汁をそのまま使うつもりなんだよ。だから、ここで灰汁を取っておくんだ」
それこそ、ポトフのスープは汎用性が高いのだ。活用しない手はないだろう。
それ故、ある程度の品質は確保しておきたいところだ。
「へぇ。そんなやり方もあるのか……」
エヴァは首を捻りながら小さく呟き、素早く手帳に書き込む。
「手間と時間は掛かるけどね」
そこは確かにネックだが、やはり教える以上、最低限は押さえておきたい。
知らずにやらないのと、知ってて省略するのは天と地ほどの差があるのだから。
清寿は灰汁を掬い終えたあと、もう一度ジャガイモの茹で上がりを確かめる。
時間的には頃合いなのだが、火加減なのか、ジャガイモの大きさのせいなのか、あと一息足りないようだ。
「ちょっと休憩しようか」
茹で上がりの予想は5分から10分と言ったところだろう。時間的にも丁度良い。
それに作業しっぱなしだ。ここらで休憩を入れた方が効率も上がるだろう。
「じゃあ、昼食の残りのコーヒー持ってきますね」
エヴァはそう言って調理場を後にし、カップと水差しを持って戻ってきた。
「冷めちゃってますし、俺が淹れたんで。イリーニャみたいに美味しく淹れれてませんけど」
エヴァは苦笑しながら、コーヒーを注ぐ。
清寿はカップを受け取り、ゆっくりと一口啜る。
すっかり冷めてしまったコーヒーは香りがとんでいて、代わりに金属臭が微かにした。
この臭いも水質のせいなのだろう。
「イリーニャは、コーヒー淹れるのが上手いからな」
「そうなんですよ。同じように淹れてるはずなのに、イリーニャの淹れた飲み物は格別に美味いんですよね」
カップを見つめながら笑う清寿に、エヴァは拗ねたように口を尖らせた。
薬湯を淹れてくれた時から思っていたが、イリーニャが淹れた飲み物は確かに別格だった。
このコーヒーも飲めなくはないが、美味いかと聞かれれば美味くはないのが本音である。
「立派な才能だな。特技があるのは良い事だよ」
「本当に。飲み物淹れるのが上手いのは、昔かららしいし。羨ましくなっちゃいます」
小さな事でも、才能は才能。特技があるのは喜ばしい。
ただ、それを活かせる場所があるかどうかで価値が変わる。
「イリーニャなりの工夫があるんだろうな」
「やっぱり、そうなのかなぁ?」
鍋から漂う優しい香りが知識の賜物であるように。
エヴァの見えない働きが方舟を回しているように。
まだまだ、眠っている何かがここにはあるのだろう。
「何たって、彼は水の魔法使いなんだろう?」
「まぁ、そっか。イリーニャは、水の魔法使いだからなぁ」
フフフと、2人は顔を合わせて悪戯に笑い合う。
知識は財産である。
けれど、知識は活用して、誰かに伝えないと価値が生まれない。
今、それを伝える足掛かりが出来つつある。
清寿は、それが堪らなく幸せな事だと思い始めていた。




