第12幕 Something new ①
「じゃあ、調理に取り掛かろうか」
ジャガイモを洗い終わった清寿が、鍋を用意し始めた。
「え? もうですか? 夕飯には、まだ随分時間がありますよ?」
時間は昼下がり。
てっきり下準備だけだと思っていたエヴァには、かなり衝撃だったようだ。
「煮込み料理は、時間を掛けた方が美味くなるんだ」
清寿の答えは色々と端折った言い方であるが、大きな間違いはなかろう。
「へぇ、そうなんですね。そんなに煮込むんだ」
ただ、エヴァにしては薄味な反応が返ってきた。
煮込むと言う行為に興味がないのか、それ以上追求する事はなかった。
それよりも、傍に置いてある材料に興味を示している。
「これは何ですか?」
まじまじと観察したあと、再びキラキラした目で清寿を見上げる。
「ブーケガルニと言って、薬草を束ねた物だよ。肉の臭み消しや風味付けに使うんだ」
マリィに分けてもらったセロリとタイムとパセリを束ねたブーケガルニ。
凧糸など気の利いた物はないので、パセリの茎で無理やり縛ったワイルドな代物だ。
「マリィさんたちも言ってましたが、薬の材料ですよね?」
やはり、そこに興味を引かれるらしい。
まぁ、『消臭剤や薬を料理に使う』と言われれば、確かにそう言う反応も出るだろう。
「でも、向こうでは調味料、材料や食材としても使われていたんだ。マリィたちに聞いたらおおよそ同じみたいだから、効果も味も大丈夫だと思う」
一か八か感は否めないが、大丈夫だろう。ーー多分。
それに、今回の清寿は『成功すれば儲けもの』くらいの心持ちだ。
「そうなんですね!」
清寿の心中など見えないエヴァは、満面の笑みを咲かせている。
「じゃあ、手順を説明しながら進めていこうか」
「お願いします!」
「まずは、ポトフ……肉と野菜の煮物からだな」
清寿の横で、聞いた事のない料理名にエヴァが小首を傾げながら覗く。
「鍋に油を敷いて、塩抜きをした豚を焼きます」
清寿は、水からあげた豚肉を布で丁寧に水分を拭き取ると、鍋底に並べて入れる。
ジュワワっと水分が爆ぜる音が鳴り、油がパチパチと気泡を作る。
調理場に、脂と肉の焼ける特有の匂いが立ち昇った。
「わ。良い匂い……」
油煙がゆるりと燻る。
エヴァは目を細め、鼻をヒクヒクさせながら、鼻腔をくすぐる匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
「……ちょっと、火加減が難しいな」
そんなエヴァとは裏腹に、清寿は四苦八苦している。
ガスコンロなど便利な物があるはずもなく、灰の上に炭や薪を配置して使う竈だ。
ーー室内なのに、よもやアウトドア気分である。
「そう言えば、変わった炭の置き方ですよね?」
清寿が配置した炭の置き方は、いわゆるバーベキューの炭の配置である。
強火から弱火までを考えて、炭量の調整をして段階的に火力を分けている。
「調理状況に応じて、火の強さを変えるんだよ。火加減の調整をしないと、塊焼くのが難しいだろう? 表面ばっかり焼けたり、生焼けになったりして」
「……そう言うものかと思ってました」
エヴァの答えに、清寿は概念の違いを思い知る。
「そうか……そう言うことか」
なるほど。納得せざるを得ない。
清寿は眉尻を微かに下げた。
今までの惨劇は、火の加減が上手くコントロールできていない事に起因するのではなく、火の加減と言う概念がなかった事の賜物だった。
――思った以上に、遥か前の段階で躓いているらしい。
「この状態を作ると、効率的に調理ができるんだよ。少し面倒くさいかも知れないけど、結果的にそこまで無駄な作業にならないから、覚えておくと良いよ」
今細かい原理を説明しても、あまり効果はなさそうだ。
理屈を垂れ流すより、やって見せた方が早い気がする。
「で、焼き目がこれくらい付いたら、水を入れて沸騰させる」
両面がこんがり色付いて、表面が溶けた脂でテロリと輝いている。
このまま食べても美味しそうだけれど、今日のメニューはポトフ。
ここはもう少し我慢が必要だ。
「煮ている間に、他の作業しようか」
「え? 野菜は入れないんですか?」
清寿の提案に、エヴァはキョトンとする。
どうも、彼が予想していた段取りと違っていたらしい。
「野菜は、肉が柔らかくなってからだな。後で入れないと、煮崩れてしまうから」
特に今回は、ジャガイモと玉ねぎ以外の野菜がない。
それがぐずぐずに煮崩れてしまっては、ポトフをチョイスした意味が半減してしまう。
「え? 肉が? 柔らかく? なるんですか?」
──引っ掛かるのは、そっちなのか。
質問に答えたはずなのに、思わぬ場所に着地をしてしまった。
清寿から思わず失笑が漏れる。
「ああ。弱火で煮込めば、ある程度。今から、一時間半から二時間くらい煮込む予定だな」
「……凄く……煮込むんですね」
清寿の言葉に、エヴァは更に目を丸くした。
さっきは流した内容だが、思った以上の長さだったのだろう。
「まぁ、もう少し短くても良いんだが、折角だから」
「……そう言うものなんですか?」
鍋の中で小さく揺れる水面を見つめながら、エヴァは呟く。
「俺の習ったやり方ではな」
まぁ、煮込み方にもコツがあり、レシピも千差万別ではあるが、道具も設備も揃ってないのなら、地味に行くしか術がない。
「じゃあ、煮込んでいる間に他の物を準備しようか」
仕切り直すために、清寿は再度作業の移行を告げる。
「はい……」
エヴァは心ここに在らずと言った感じで、瞳をキョロキョロさせながら呆けたままだ。
どうも彼には、清寿が示す調理法が衝撃的過ぎて、頭が追いついてないらしい。
「もう一品。ジャガイモの準備。こちらはまず茹でよう」
ジャガイモを鍋に入れ、被るくらいの水を差す。
強火のゾーンに鍋を置き、沸騰するまで放っておく。
「両方とも、沸騰したら弱火の場所に移すんだよ」
「これも、随分と時間が掛かるんですね」
ジャガイモの鍋を覗き込むエヴァの表情は、不可解なものでも見ているような有り様で、少しだけ眉間に皺が寄っていた。
「まぁ、下準備だからな。もう少し道具が有れば手軽にできるんだけど」
多分、そこまで下拵えにこだわらなくても、今まで食べていた料理よりはまともな物が出来上がるだろう。
けれど、そこは清寿の性分だ。致し方ない。
「……面倒になってきたかい?」
ただ、その性分が他人様に受け入れられるかは別の話である。
清寿は自身の面倒臭さは自覚している。
だから、溢した苦笑はエヴァに向けてか、自身に向けてかは曖昧だ。
「正直言って凄く驚いてますが、興味の方が強いかなぁ?」
えへへ。と、見えない尻尾を振りながら、屈託なくエヴァは笑う。
「だから、すごく楽しいです!」
その言葉に、清寿も優しい笑顔に変わった。




