第11幕 Connect by ④
清寿は、出してもらったナイフの中で比較的小ぶりな物を選んだ。
1番小さな物は、エヴァに渡す。
「とりあえず、まずはタワシかな」
清寿は藁を一掴み取ると、根元を揃えて手際良くまとめた。 束の真ん中あたりを軽く折り曲げてU字になるように二つ折りにすると、折り曲げた根元部分を麻ひもで数回きつく巻き、固結びする。 あとは、ナイフで先端束のはみ出た部分を3センチほど残して切り揃え、これで簡易の藁タワシの完成だ。
「わ! あっという間だ!」
そうやって目を輝かせているエヴァには申し訳ないが、慣れないナイフで作った出来上がりは、わりと不細工に仕上がっている。
「もう少ししっかり作った方が良いんだが……今日は時間が無いし、簡易で」
まぁ、 今日のメインは料理であって、雑用品に時間を掛けてはいられない。
出来上がりはともかく、最低限の役割は担えそうなので、本日は良しとすることにしたようだ。
「ここの先端で泥を擦るんだよ」
ジェスチャーで使い方を教えて手渡すと、エヴァは興味津々と言った感じで色々な角度から観察し始めた。
「キヨさんは凄いですね、いろいろ知ってて」
ひとしきり眺めたあと、感心したように微笑む。
出来上がりがイマイチで、凝ったものではないのだが、エヴァには衝撃的だったようだ。
「雑学はな。両親共に野外活動が好きだったし」
確かに、好きだった。
……それもあるが、それ以上に両親は、自分たちが生きるために覚えていったのだろうとも思う。
清寿は実際、両親の親族から足がつきにくい、凄く辺鄙な山奥の田舎に住んだ事もある。
「幼少期には、よく連れていってもらったしな」
ブッシュクラフトやサバイバルキャンプなど、少しだけ本気の野営もやっていた。それはそれで非日常的で面白かった記憶だ。
あと、山菜を採ったり、釣りに行ったりもしていた。
「だから、人よりも少しだけ知識量は多いかもしれないよ」
けれど思い返してみれば、両親は清寿に生き延びる術を教えてくれていたのかもしれない。
ーーまぁ、流石に異世界でするハメになるとは想定していなかっただろうけども。
それでもこうして役に立っているのだから、無駄ではないのだが。
「良いご両親ですね。羨ましい」
そう言って笑っているエヴァだが、笑顔の中に少しだけ影がある気がする。
羨ましいとは言うものの、言葉に反して寂しさや切なさの感情を強く感じてしまうのだ。
「そうだな。二人とも亡くなってしまったが、今でも尊敬しているよ」
エヴァの表情が陰った理由は気になったが、それでも言ってしまったのは、悔しさと自分の不甲斐無さが脳裏を掠めてしまったから。
大切だった人が居た記憶を、誰かに聞いて欲しかったのだ。
「ごめんなさい」
言葉にハッとして、エヴァが小さく謝る。
自分の不要な発言で、清寿の心を土足で踏んでしまった事を悔やんでいるようだ。
シュンとしてしまったエヴァに、清寿は頭を横に小さく振った後に呟いた。
「もし、良ければだが……」
言い出したのはいいが、言葉を選んでいるのか、続きの言葉が少し止まる。
そしてゆっくりと瞬きをしたあと、エヴァの瞳をしっかり見つめて口を開いた。
「俺は、君たちの役に立ちたいと思ってる。折角、両親が授けてくれた知識だからな。俺の持っている知識がこの世界でも役に立つなら、覚えてて欲しいんだ」
誠意と言うよりは懇願に近い。
やり方を教えるだけではなく、自身の気持ちを伝え、相手と向かい合う。それは、戻れない故郷に残してしまった後悔だから。
「……でも、俺でも良いんですか? 学校も、ほとんど行けてないのに。……俺じゃ、勿体無くないでしょうか?」
申し訳なさそうに上目遣いで清寿へと返す。
おずおずとした様子ではあるが、エヴァが清寿から目を逸らす事はなかった。
「それは、あまり関係無いかな」
エヴァの姿勢に、思わず清寿から笑みが溢れた。
口では否定的な事を言っているが、目の奥に自分を変えたいと言う渇望が見える。
不安はあっても、必死に前に進もうとしているのだろう。
「さっきも言った様に、俺が持っているのは主に『生き残る術』なんだよ。出来れば、君たちの生きる糧になれば嬉しいかなぁ?」
清寿だって、自分が何処まで通用するのかなんて分からない。
それでも、この場でおためごかしを嘯いて、エヴァから逃げる事はしたくなかった。
真摯には真摯を返す。それは最低限の礼儀だ。
「俺、目利きもそこそこで、他に大した特技も無くて、学もスキルも無いから。同じ歳の中じゃ、1番何も出来てなくて……」
顔を歪めたエヴァからは、自信のなさと不甲斐なさが滲み出している。
人懐っこい彼が明るい顔に陰りを落とし、言い淀みながらも言葉を吐き出す姿は、やけに小さく見えた。
「そんな俺でも、大丈夫でしょうか?」
瞳には不安と渇望が揺れている。
けれども結果がどうであれ、エヴァも逃げる事はしたくなかったようだ。
「君は方舟の段取りや管理を、ちゃんとやっているじゃないか。それはとても大変で、難しい仕事だと思う。君なら大丈夫だよ」
これは清寿の本心だった。
エヴァはマイペースな部分もあるが、何気なく細やかな気遣いもできる。
実際、見ていても感心する事が多い。
この雑然とした共同生活が保たれているのは、きっと彼の雑務能力と裏支えによるものと言っても過言ではないだろう。
「お金を稼げていませんが……」
──やはり、そこが彼を縛っているのか。
生い立ちなどは分からなくても、方舟に居ると言う事はエヴァも『訳あり』なのだ。
そうでなくとも、内務系は分かりやすい利益や評価が発生しにくい部署である。
故に、自己評価の低い働き者にとって、自分の価値が分からなくなるのだろう。
「直接の収入にならなくても、とても重要な仕事だよ」
そう。直接的に金は生まずとも、チームとして考えれば別問題なのだ。
フォローやアシストの優秀さで、進捗も成果の内容も変化するのだから。
ーーそれは清寿が、痛いほど実感している事実でもある。
「それに多分、君の同期は勿論、先輩だって後輩だって、キミの重要性に気付いている者は多いと思うよ。現に、アズたちも言ってただろう?」
例え陳腐な慰めに聞こえたとしても、今伝えないと意味がない。
大切な事を伝えずに『いつか理解できるだろう』なんて思考は、ただの放置と一緒だ。知らない事実を自力で理解しろと言うのは、無理難題なのだから。
「……お世辞じゃなくて、ですか?」
エヴァは言い淀みながら、恐る恐る尋ねた。
性格上、聞きづらい事だっただろうに、心を奮い立たせて問うたのだろう。
「少なくとも、俺はそう思ってる。だから、自信持って大丈夫だよ」
仲間でもなく、見ず知らずの存在でもない。少し仲良くなった他人。
今の清寿の立場は、そんな程度の酷く曖昧で微妙なものだ。
ーーただ、そんな者が発したからこそ、耳に届く言葉がある。
内輪の感想ではなく、外部からの評価。
『身内』や『仲間意識』と言うフィルターを通さない、第三者としての意見だ。
エヴァは清寿の言葉に、照れ笑いを噛み殺した。




