第11幕 Connect by ③
手桶に水を張り、ジャガイモを漬けておく。
やはり、初手は手間のかかる準備からこなしていくのがセオリーという事か。
最低限の道具しかないこの場所で効率良く作業をするなら、普段は省ける手間でも、やっておいた方がスムーズにいく。
その間に他の作業を進めたって構わないのだから。
「洗わないんですか?」
エヴァが首を傾げる。
まぁこの問いは、もっともだろう。
すぐに洗えば済むものを、あえて後回しにする必要性が分からない。そう言う事だ。
「すぐ洗うより、10分ほど漬けておくと泥が落ちやすいんだ」
ただ、清寿だって意味もなく後回しにしたわけではない。
ここには便利グッズなどない。むしろ最低限の道具しかないのであるからして、それを補うための工夫である。
要は、生活の知恵。
固まって落としにくい泥を、落としやすいように水に漬けておくと言うわけだ。
「そうなんですね! 勉強になります!」
おぉ! と、感嘆を漏らすエヴァは、目を輝かせてメモをとる。
言われてみれば簡単な理由ではあるが、意外に目から鱗状態だ。
こう言う地味なハックを知っているかどうか、それが後々の効率を左右するのである。
それから着火剤として置いてある麦藁を一掴み頂いて束ねておく。
「これは?」
清寿のその行動もエヴァには不可解に映ったらしい。再び首が傾いていく。
「汚れを落とす道具を作るんだ」
いつぞや父から教わった知識。
藁をU字に束ねて縛り、簡易のタワシを作る予定だ。
「キヨさん。道具まで作れちゃうんですね!」
パァァっと、輝きを増す瞳が大きく開いた。
こう言うのを『羨望の眼差し』と言うのだろうか。
エヴァは純真な瞳で、躊躇なく感嘆を手向けてくれた。
ただそれに反して、清寿は眉尻を下げて苦笑を溢す。
だって、そこまで驚かれるほど上等な道具は作れないのだ。
どうにも、純粋なエヴァを相手にペテンをやっている気分になってしまう。
「じゃあ、包丁……食材用ナイフとか、材料を切る時に使う木の板は有るかな?」
「食材用とか分けては無いですが、ナイフはこれです」
後ろめたさか、気後れなのか。少し歯切れ悪く発した清寿の問いに、エヴァが差し出した物は数本のサバイバルナイフだった。
──なるほど、確かに実用性は抜群だな。
これ1本で多様な作業をこなせる頑丈なナイフ。
名前が示す通り『サバイバル用』だもの、実に優秀な汎用性ではある。
ーーだが、あえて言おう。
ここでの生活は、やはり『サバイバル』に近いのか、と。
ただ、必要最低限以外は埃を被っている調理器具と同様に、それだけ『料理』との距離が遠い現れでもあるのだろう。
清寿が料理を作ると言った時の、周りの反応に納得が増した。
けれどここまでくると、いっそ清々しさすら覚える。
「それで、切るための板って?」
キョトンとするエヴァの反応を見て
──しまった。そう言えば、向こうでもまな板を使わない地域はあったなぁ。
……と、清寿は思い出す。
元々『調理』の概念すら薄いのだ。
物があって使い方を説明するならまだしも、認識がない物の概要を伝えるのは意外に難しい。
「テーブルに食材を置いて切りたいんだが、食材が汚れたり、テーブルが傷付いたりするから、木の板が有れば助かるんだ」
大きさや用途など、身振り手振りを交えつつ、清寿は一生懸命エヴァに説明をする。
しかしながら、日本なら『まな板はありますか?』で済むやり取りなのに、思わぬところに伏兵が潜んでいたものだ。
やはり、異文化交流は一筋縄ではいかないようだ。なかなか前に進まない。
「あ。なら、パン用の切り分け板がありますよ?」
ポンと手を叩いて、自身の記憶の中から近しい物を一生懸命探してくれたようだ。
拙いながらも、どうにか意を汲もうとしてくれるエヴァの根気強さに救われる。
「うーん。後でパンも切るからなぁ……。良ければ、他の木の板が良いかな?」
エヴァの姿勢は素直に嬉しかった。
けれども、清寿の性分が流れにブレーキをかけた。
どうにも、パン用のまな板で生肉を切る行為が、彼の衛生理念に引っ掛かったらしい。
「そっかぁ……」
しょんぼりするエヴァには申し訳なく思っても、及第点のちょっと上で仕上げてくる男には、そこら辺の妥協ができないらしい。
ーー本当に、面倒臭い男め。
案の定、何とも言えない沈黙が2人の間に流れてしまった。
「なら、薪材でも良いかい? あまり大きくなくて良いなら、板状の物が何枚か有るよ?」
不意に沈黙を割ってきた声に、2人は目を向ける。
声の主はユル。聞き耳でも立てていたのだろうか、扉からひょっこり顔を覗かせていた。
「助かるよ。使っても良いかな?」
清寿としては、色んな意味で『助かった』と言ったところだろう。
即行でユルの好意に縋る。
私生活は甘え下手なくせに、仕事スイッチがオンの時は要不要の判断が早い。
つくづく仕事に飼い慣らされている者の行動である。
「かまわないさ。どうせ燃やしちまうんだから。持ってくるね」
ユルは親指を立ててパチリとウインク。
そのキザな仕草もさまになる、人好きのする笑顔がとても眩しい。
「ついでで申し訳ないんだが、小枝も一緒に欲しいんだ。長さは20センチくらいで、なるべく枝が多くて細いヤツを20本ほど」
1つ希望が通った事で、図々しくも追加の頼み事まで言ってしまうあたり、清寿のメーターは随分と仕事モードに傾いたようである。
「オッケー! ちょっと待ってて!」
ニッコリ笑う口元から覗く歯が、ユルの色男っぷりを加速させる。
身体はデカいがフットワークはすこぶる軽い。
沈黙を消し去り、爽やかな余韻を残してユルは調理場を後にした。




