第11幕 Connect by ②
「さてと……そろそろ始めるか」
清寿は薬草畑から再び調理場に戻り、件の限られたスペースに荷物を並べる。
塩抜きのためにシンクに置いていた容器を退け、今度は本格的な下準備に入るようだ。
猫の額と表現しても差し支えないような場所に、所狭しと食材たちが鎮座する。
──限られたスペース。慣れない場所と設備での作業は、なかなかに骨が折れそうだな。
清寿の頭に、思わずそんな思考が掠めていく。
それでも諦める選択肢は持ち合わせていない。
段取りに不安があるならば、余裕を持って行動すれば良いと思い直す。
食材とハーブ。そして手元のメモ帳。
それらと睨めっこしながら、頭の中でメニューと段取りを再度整理し始めた。
ここから先は『できる』『できない』の話ではない。『どうやるか』の話なのである。
ただ、それは清寿の真骨頂でもある。
派手さを持ち合わせていない清寿の仕事っぷりが、会社で評価されてきた所以。
輝かしい結果が約束されない難しい案件でも、及第点のちょっと上のラインで必ず仕上げてくる。
地味だ何だと言われる事も多かったが、最低限の結果を出せるのは清寿の強みだ。
それに今回は多少の難儀はあるものの、不可能を可能に持っていく作業ではない。
限られた手札の中で『どうやるか』なのだから、退職前にやった敗戦処理に比べれば屁でもない。
清寿はもう一度、メモを確認しながら自身に気合を入れ直した。
「俺も、お手伝いして良いですか?」
腕まくりをしている清寿の様子を伺っていたエヴァが、少し言い淀みながら尋ねてきた。
その様子は遠慮がちと言うより、やや緊張しているといった感じだ。
その証拠に、尋ねたあとは清寿の返答を何処とも無く落ち着かない様子で待っていた。
「ありがとう。助かるよ」
清寿から了承の返事を貰えたエヴァは、少し息を漏らすと表情を緩ませながら言葉を続けた。
「その前に、ちょっとだけ時間を貰っても良いですか?」
嬉しそうにニパッと笑うエヴァは、清寿に随分と心を開き始めているようだ。
ーーただまぁ、それも特段に飛躍した心情でもないだろう。
自ら『何の特技もない』と述べていたエヴァからすれば、清寿は自身を導く可能性の光に映ったのだろうから。
ーー例えそれが、どれほど薄ぼんやりとしていたとしても。
「了解。待っておくよ」
その言葉に弾かれるように、エヴァは特大の笑顔を残して踵を返す。
そして数分後、息急き戻って来たエヴァの手には、紙切れとペン。
きっと、先ほどの清寿の行動を真似ようとしているのだろう。
それだけ、清寿の行動を注視していたと言う事でもある。
ただ、携えてきた紙は藁半紙とでも言うのだろうか。艶もなく、バサバサしていて濁った色をしている。
しかもクシャクシャボロボロで、紙片と言っても過言ではない代物だった。
エヴァはそのボロ紙を丁寧に伸ばし、急いでペンにインクをつけた。
顔を上げて輝く瞳を清寿に向け、得られる知識を漏らすまいと待ち構えている。
「エヴァ、ちょっと待ってて」
その状況に思うところがあったのか、今度は清寿が待ったを掛けた。
出鼻を挫かれたエヴァの頭にハテナマークが沢山浮かぶ。
何がどうやら、清寿の意図が読み取れないのだろう。
そんなエヴァに小さく微笑むと、説明もなく置き去りにしてその場を離れた。
「これ、使って」
戻ってきた清寿の手には、硬質表紙の文庫本サイズのノート。
エヴァへ静かに差し出しながら、優しく笑う。
「え!? 良いんですか!? こんな上等な物!!」
俄には、信じられない状況なのだろう。エヴァは真ん丸に広げた目をパチクリさせ、ノートと清寿を交互に見やっている。
まぁ、それも『然もありなん』と言ったところか。
何せ手元にある紙とは比べ物にならないくらいの品質だ。
それを躊躇なく差し出してきたのだから、驚くのも無理はない。
「良いんだよ。こっちの方が、あとで見返しやすいだろう?」
ボロ紙が可哀想だったから『良い物を施してやる』と言う事ではない。
これからのために必要だから渡す。
自身の仕事を引き継いでくれるであろう彼に、だ。
「あ、ありがとうございます!!」
おずおずと差し出すエヴァの手は、微かに揺れている。
受け取ったノートは大した重さではないはずなのに、エヴァの心情的に何と重い事だろうか。
気の利いた言葉を探しているのか、口の端はムズムズと動いていても上手く出てはこないらしい。
言葉なく、滑らかな紙の質感を噛み締める仕草は、まるで宝物でも貰ったかのような大袈裟な反応だ。
大輪の笑顔を咲かせた後に、ぎゅっと胸に抱え込んだ。
「えへへ。こんなにも真っ白で上等な紙、嬉しいなぁ。それに凄い。線が書いてて書きやすそう」
結局、出てきた言葉は素直な感想。
口の端が緩んでニヤニヤが止まらない。何度も紙を撫でては、うっとりと感嘆の言葉を呟いている。
その様子を暫く眺めていた清寿だが、静かに次の行動を促した。
「じゃ。作業、始めようか」
思う存分堪能させてあげたいのは山々だけれども、夕飯に間に合わなければ本末転倒だ。
何せ今回の夕飯担当は、清寿自ら申し出た事である。故に中途半端はいただけない。
申し訳なく思いつつも、作業を進める方に舵を切る。
「はい!」
清寿の方に目線を移して元気な返事をするエヴァは、弾ける笑顔を零した。
その笑顔につられるように、清寿の顔にも笑みが綻んだ。




