第11幕 Connect by ①
ー◇ー◇ー◇ー
「……これは……凄いなぁ」
清寿は薬草畑を見渡して、心の声が漏れ出てしまった。
残念ながら感嘆の声ではない。そして、その後には苦笑が溢れた。
……無理もない。
眼前に広がるのは、畑と言うより、乱雑に草木が生い茂る『草むら』と言った方が的確だ。
けれど、清寿以外には何の変哲もない日常風景なのだろう。
何が凄いのか分からず、エヴァもマリィもキョトンとした顔で、清寿を見ている。
「生育環境の違いもあるのでしょうが……どうしても、強い物しか残らないんですよねぇ」
頬に手を添えて小首を傾げたリッカが、困ったように笑う。
──まぁ、そうだろうなぁ。
「試しに色々植えてはみたが。今じゃ、こがーな感じになっとるんよ。ほうじゃが、残っとる分だけでも随分助かっとるんが現状なんじゃが」
リッカの言葉に清寿の言わんとする事が理解できたようだ。
腕を組んで、あっけらかんと笑うマリィからは、『穫れれば儲けもの』と言う感じを受けた。
──確かに、そうかもしれないが……。
清寿は内心でそう思いつつ、根本的な疑問を口にした。
「手入れはしないのか?」
確かに、手入れをせずに放ったらかし栽培もある。
とは言え、あれだって無闇やたらと植えて、完全放置で良いわけじゃなかったはずだ。
そう言う栽培に合った品種や植える場所の選定、何より最低限の手入れは必要だと思う。
「ん? 手入れ? 元々山野に生えとるもんじゃ。どがーにして手を入れるんじゃ?」
マリィから『何を言ってるんだ?』とばかりに、キョトンとされてしまった。
──なるほど。そう来たか。
彼にとって、『薬草を育てる』と言う概念は存在しないようだ。
現状と答え。それが全てを物語っている。
「じゃあ、そこも追々かなぁ?」
清寿は独りごちて、少し笑ってしまった。
そしてそんな清寿を見て、2人は首を傾げている。
──できそうな事が、もう一つ見つかったな。
清寿は、少し嬉しそうに顔を緩める。
けれどもその微笑みに何かを感じたのか、2人は顔を見合わせ、やれやれと言った表情で苦笑いしている。
「まぁ、ええわ。ほいで、どれが欲しいんじゃ?」
柔らかな笑みを浮かべ、再び畑を眺めている清寿に、マリィが苦笑を続けて問いかける。
このまま放っておいても、埒が明かないと思ったのだろう。
「ああ、申し訳ない」
清寿は慌てて態度を直す。
目の前の事に集中してしまい、周りを置いてけぼりにしてしまった事に反省しきりだ。
「このままじゃ俺には区別がつきそうにないんだ。ざっくりで良いから、案内して貰っても良いかな?」
清寿は当初の目的に戻るべく、2人にお願いをする。
そう、眺めるだけでは先に進まない。今日は料理のために此処へ来たのだ。
今後の展開案など時期尚早、まずは目下の一歩を着実に踏み出す事が最優先である。
取らぬ狸の皮算用をしたとて、今日の結果如何では叶わぬ企みかもしれないのだから。
「ええ、おやすい御用です。ご案内致しますね」
リッカがスイと前に出ると、他所行きの微笑みを向けた。
まだ少し距離感を測っているのかもしれないが、率先して案内してくれたところを鑑みれば、嫌われてはいないようだ。
メモ帳を取り出して聞いた物をメモしていく。
今のここで育っていて、清寿でも簡単に使えそうな物には印を付けていった。
その姿をエヴァは黙って観察している。
多分、この場で口を開いても邪魔するだけだと判断したようだ。
マリィの説明を聞いていると、清寿の知っている名前も上がっている。
オレガノ、セージ、パセリ、小型のセロリ、ミント、ローズマリー、月桂樹。そんなところ。
相変わらず多少の違いはあれど、ここら辺は何となく用途が把握できる。
特徴や効能を聞いた限りでは、料理にも使えそうだ。
あとの不明分は、こちらに飛ばされた時に一緒に転送された自前の図鑑を覗くか、再度詳しく聞く事にする。
とりあえずメモ帳と睨めっこしながら、メニューの最終決定。
倉庫で見た材料と、ここにある薬草。それを踏まえて、素早くメニューを組み立てた。
「じゃあ、今日のところはローズマリーを数枝と……パセリ、セロリ、タイム、月桂樹の葉も少し貰って良いかな?」
清寿の申し出に、マリィは二つ返事で快諾してくれた。
そしてマリィはそのままの流れでリッカに目配せをすると、リッカは薄く笑みを浮かべ、何も言わずに薬草をテキパキと集め始めた。
その流れるようなやり取りに、清寿は思わず感心してしまう。
みなまで言わずとも、と言う事か。彼らはきっと、実に良い師弟関係なのだろう。
「しかし、何に使うんじゃ?」
リッカの方に目を向けていたマリィが、清寿の方に視線を戻す。
顎をさすりながら思案をしているが、どうにも良い答えは見つからずじまいだったようだ。
まぁ、もっともな質問だろう。彼らにとっては、どこまでも『薬用』なのだから。
「料理の風味付けとか、臭み消し。物自体は向こうの物と大きく変わらない様だから、大丈夫だと思うんだ。試してみたくて」
清寿が向こうの世界で一般的な使い方を並べてみるも、それでも納得いかないようだ。
ふむ、とマリィは眉頭に皺を寄せて再び思考を巡らせた。
「確かに今お渡しした物は、消臭効果や香りが強い物ですが。それを『料理』に、ですか?」
採取の終わったリッカが、紐でまとめてくれた薬草を渡しながら笑う。
確かに『薬を料理に使う』と考えれば、少し突拍子なく思うのかもしれない。
「ほうじゃのう。薬湯でも薬膳でもないんじゃ。どがーになるか興味があるわ」
マリィはニヤリと口角を上げる。その笑みは好奇心と言ったところか。
それは『魔女』と言う仕事柄だろうか、それとも個人的なものだろうか。
何にせよ、知識に貪欲ではあるようだ。
ただ、言葉から察するに、『薬膳』と言う概念はこの世界にもあるらしい。
そうだとすれば、『料理ができない』のだから、『流用方法を知らないだけ』の可能性、もしくは『知らずに食べている』と言う事もあるだろう。
「ええ。新しい活用法が学べますね」
うふふ。と、可憐な微笑みを浮かべるリッカもまた、同じようで。
正反対に見える2人の仲が良い理由を、少しだけ垣間見た気がした。
「……ただ、こちらでやるのは初めてだから。同じように上手くいくかは分からないんだ。……もし失敗しても、許して欲しいな」
清寿は言い訳めいた言葉を、指をモジモジ遊ばせながら歯切れ悪く返した。
そこまで期待されると、途端に不安になってくるのが人間と言うものか。ーー何とも、心を制するとは難儀な事である。
その様子を窺っていたマリィは、思わずプッと吹き出した。
先ほどまでの印象とギャップがあり過ぎて、我慢ができなかったらしい。
ククク。と、しばらく笑いを堪えていたが、堰を切ったようにケタケタと笑い出してしまった。
「ほいでも、新しい可能性じゃ。ワクワクするのう!」
涙の溜まった目尻を押さえて、マリィは愉快そうに、高らかに声を上げる。
『成功』より『可能性』。そう言える事は、彼の強さの証だろう。
「ええ、僕も楽しみです」
笑いを隠すように口に手を当てているリッカも、素直に賛同した。
彼もまた、不安よりも『可能性』を見出したらしい。
エヴァも2人の返事に大きく頷く。
「ありがとう。手間を掛けて申し訳ないな。じゃあ、夕方にまた」
自信が揺らいでも、やると言ったからには、やらねばならぬ。
2人の反応に少しバツが悪そうに笑う清寿は、エヴァに声を掛け恥ずかしそうにその場を後にする。
エヴァは2人に軽くお辞儀をすると、来た時と同じように清寿の背中を追った。
「おう、楽しみにしとくけぇ。宜しゅう頼むわ」
マリィの言葉は、期待のダメ押し。
清寿はその言葉に苦笑いを浮かべつつ、振り返って小さく手を振る。
そうして、再び調理場へと足を早めた。
最初の一歩目は不安も多い。
前例がなければ尚の事。暗闇を手探りで進むようなものだろう。
何せ成功するかどうかなど、やってみないと分からないのだから。
ーーそれでもマリィたちの笑い声が、清寿の胸に小さな灯火を点けた。




