第10幕 ポーキュパインな僕ら。②
「キヨは、ほんに真面目じゃのう」
ーー今日も通常運行。
そう言う事なのだろう。
その証拠とばかりに、騒がしい空気を放置し、マリィは清寿の側に寄って来て笑いかけた。
「真面目と言うよりは、性分だな。手持ち無沙汰が苦手なんだよ」
この言葉は、リップサービス半分、本音も半分と言ったところ。それが清寿の心情だ。
性分なのは本当だし、手持ち無沙汰も好きではない。
ただ、清寿はそれ以上に『自分だけが楽をしている』と言う状況が苦手なのだ。
ーー特に、集団の中においては。
「……ほいじゃが、ワシも興味はあるけぇ。折角の申し出、頼んでもええじゃろうか?」
マリィはニンマリと口角を上げて、少しだけ悪い笑みを浮かべる。
彼も一応心遣いは見せたものの、やはり興味があるらしい。
「だな。金も入れてもらってんのに悪りぃ気もするが、異世界の料理ってのが興味をそそる。正直、食えるってんなら、食ってみてぇなぁ」
いつの間にか側に居たアヴィも同じようで、ガハハハと豪快に笑いながら同意した。
「ありがとう」
感謝を述べながら周りを見回すと、清寿とグレイスの近くに人が集まっていた。
スゥたちが騒いでいたせいで、話の内容が筒抜けになってしまったらしい。
集まった者たちの目は、『興味津々』と言った感じで、清寿に向いていた。
「……ただ、口に合うかどうかは分からないんだけどな」
清寿は苦笑いを浮かべながら、保険がわりの言葉を口にする。
勿論、元来の謙虚さもあるが、若干の不安から保身に走った事は否めない。
興味を示してくれた事は素直にうれしかったのだが、意図せず無駄に上がってしまったハードルが怖くなってしまったのだ。だから、一旦下げておく。
「せやけど、俺も楽しみや。異世界の料理食べるとか、そんな機会普通あらへんしな」
黒い長髪をオールバックにして、ビシッと後ろで結んでいる彼、『クオン』も、人好きする柔らかい表情で笑いながら会話に加わって来た。
彼もまた大陸とは違う島国、元々マリィたちと同じ『アマハラ三国』や『西方地域』と呼ばれる島国が出身で、関西圏の……ニュアンス的には京都の方言に似た言葉を使う。
そのせいか、彼からは何処となく上品な感じを受けるのだ。
塩顔で温和な喋り方をする、人当たりの良い『いいとこのお坊ちゃん』と言った感じの青年である。
そして、この場には不在の彼の弟『リッカ』も同じ。
特に、リッカの場合は、お人形さんのような様相や振る舞い、そして喋り方も相まって、雑々とした方舟の中では、異質のオーラを放っていた。
2人の顔は、パッと見では似ているとは言いがたいが、笑うと『兄弟だな』と思う程度には似ている。
ちなみに、マサムネも同じような言葉を話す。
ーーただ、こちらは随分と『いけず』寄りの喋り方だが。
ヒョロリと長い体型に、鋭い眼光。
そんな彼は、清寿の事を警戒しているようで、用事以外では近づいて来ない。
故に、清寿はマサムネとほとんど喋った事がないのである。
そう言えば。方舟内では、ほとんどの者からマサムネは『マーシャ』と呼ばれている。
清寿の名前と同じく、どうにも発音がしづらいようだ。
「素朴な疑問ですが、材料とかは大丈夫なんですか?」
不意に降って来た疑問に、周りの者たちがハッとする。
アルバートこと、『アル』は、インテリ眼鏡のブリッジをクイっと上げながら、こちらを伺うように首を捻る。
アルの言葉で気が付いたのか、一斉に落胆の声を吐きながら、渋い顔を浮かべた。
「食材は、そこまで変わりないように思うんだ。ただ、調理法が若干違うかもしれないけどな」
そう、清寿が言うように、食材の大きな違いはないのだ。
正確に言えば、同じような野菜が見て取れたと言った方が良いかもしれない。
ジャガイモ、豆、トマト、タマネギ……の、ような物。そんな感じだ。
そこら辺の食材は、ここに来てから出して貰っている料理に入っていた物である。
食べた感想としては、『味は大体一緒』。
後の物は食べた記憶が薄いので定かではないが、探せば馴染み深い食材があるのではないかと踏んでいる。
流石に初っ端から汚点は作りたくはない。そこは、重々考えてからの提案だ。
「んじゃ、明日にでも買い物に行くかぁ?」
「いや。今日は、有る物で作るよ。もし、口に合うようなら、後日改めて。……と、言うのはどうだろう?」
せっかくグレイスが気を利かせてくれたが、今日は気持ちだけ受け取っておく。
清寿は、食材の推察はしていても、確信を得た訳ではない。
だから、もう少々保険を掛けておく事にしたようだ。
「余計な手間が掛かるが、キヨはそれで良いんか?」
今まで黙って聴いていたセロが口を開いた。
「俺は構わないんだ。ただ、口に合うかどうかが一番心配だから。折角の材料を沢山ダメにするのも忍びない」
確かに手間は掛かるが、清寿は『必要な手間』だと判断した。
理由を述べた通り、『手間』より『確実』に重きを置く。
ーー実に、清寿らしい判断だ。
ノリや大見得で『できらぁ!』などと言えない男。それが清寿である。
「ほうじゃが……あるモン言うても、大したもんないが。大丈夫かのぅ?」
「そうか。とりあえず、材料みて考えようかな……」
セロのダメ押しで、清寿は途端に不安が募る。
最低限の備蓄はあるだろうと言う前提で提案したのだが、そこにも不安材料が埋まっているとは思いもしなかった。
ここは日本ではないと自身に言い聞かせていても、こう言う些細な事で躓いてしまう。
「だったら、俺が案内しますね」
苦笑いしている清寿に、エヴァが案内役を買って出てくれた。
清寿は、そっと胸を撫で下ろす。
アーリーとの一件があって、少し慎重になっている節があるのだ。
ある程度認知してもらうまでは、むやみやたらと1人で倉庫などは覗かないようにした。この曖昧な状況での物色は、誤解を招く恐れがあると思い知ったからだ。
「ありがとう。あと、火の取り扱い教えてもらっても良いかな?」
「はい!」
ついでにお願い事もしてみたが、エヴァはそれも快く引き受けてくれた。
勿論、ここにはどう見たってガスコンロなどは無さそうだから、そこも聞いておかねばなるまい。何せ火の取り扱いによって、できる料理が変わってしまうからだ。
善は急げとばかりに、清寿は早速立ち上がる。
「……あの……それで」
そんな清寿に、エヴァはモジモジとして何か言いたげだ。
どうしたのかと首を傾げて見せれば
「もし良かったら、横で作業を見てても良いですか?」
との事だった。
言い出すのに勇気がいったのだろうか。エヴァの顔には緊張が見て取れる。
「ああ、勿論。取り扱いや材料の分からない事があったら、教えてくれれば助かるかな?」
清寿の言葉に、エヴァの顔に大輪の笑みが咲いた。
「はい!!」
そう元気に返事をするエヴァの笑顔が、清寿には眩しく映る。
ふと、数人の若い部下の顔が、頭をよぎった。
──彼らは、元気にしているだろうか。
エヴァの笑顔と同じ眩しさを持つ、自分を慕ってくれた彼らを思う。
彼らを置いて辞めざるを得なかった事に、胸が小さく痛む。
「キヨさん! こっちですよ!」
先に扉の方へ移動していたエヴァが、大きく手招きをしていた。
「じゃあ、いってきます」
清寿の周りに集まっていたグレイスたちに声を掛けて、席を後にする。
彼らは口々に期待の言葉を投げ返しながら、清寿を見送ってくれた。
帰る事は不可能だと知っている。けれど、帰りたいとは思わない。
幾ら後悔しても、自分の居場所に戻る事は叶わないのだから。
だからこそ、清寿はここで前に進む事を決めたのだ。




