第10幕 ポーキュパインな僕ら。①
「え? キヨ、向こうで料理人だったのぉ?」
グレイスは、目をパチクリさせて驚いた。
しかも、まさかの『料理ができる=料理人』と言う予断付きである。
「いや、別業種。普通の雇われ内勤者だよ」
清寿は思わず身構えてしまう。
言い出す事に緊張はしたものの、内容的には軽めの提案と思っていたからだ。
──やはり、地雷だったか?
「え? は? ……じゃ、何で料理が作れるのぉ!?」
グレイスに素っ頓狂な声で畳み掛けられてしまい、清寿は余計に困惑してしまった。
『何故か』と聞かれると返答に困る。思ってもいない反応だ。
それとも、何だか無駄なハードルを上げてしまった結果の問いなのだろうか。
「あ……いや……日々の食事は、自炊していたからな。だから、その程度で良ければ、お近付きの印にどうかな……と思ったんだ」
清寿は、またもや語尾を小さくしながら、何とか答えを返した。
そこまで言われると、途端に不安が募り始めたからだ。
何せ、料理は作れるが、断じて『プロ』の域ではない。趣味に少々毛の生えた程度である。
ここで食べる物よりは美味い物を作れる自信はあったが……冷静になってみれば、ここで食べる以外の料理を口にした事がないのだから、烏滸がましい申し出だったのだろうか。
お金がないから、日常的に美味しい物を買えないだけ。
男所帯だから、料理が作れる者がいないだけ。
本当は、街には美味しい物が溢れていて、金さえあれば手に入る。
もしかして、この世界では料理人クラスの腕前を持っていなければ、『料理ができる』とは言ってはいけない空気感があるだとか。
清寿はそんな取り留めのない仮説を立てつつ、完全に困惑しているグレイスと目を合わせたまま動けない。
この場をどう立て直したら良いのか、脳内はフル稼働状態になっていた。
「俺! 食べてみたい!! キヨの国の料理食べてみたい!!」
そんな2人の静かな攻防をよそに、横から割り込むように入って来たのはアズだった。
清寿の言葉に食い気味で、目を輝かせている。
「俺もや!! どんなんか興味あるわ!!」
スゥもその言葉に乗ってくる。まさに『天の声』だ。
グレイスもそちらに気が行ったようで、ようやっと膠着した空気が緩んだ。
だが、まさかの伏兵が現れた。
近くのテーブルで細かい武具を磨いていた、シュッとした黒髪のイケメンが、大きなため息を吐きながらアズたちを嗜めたのである。
「あのな、キヨさんはお客様なんだぞ? 雑用させて良い訳が無いだろう?」
彼の名はラファエル。通称『ラフィ』。
切れ長で涼やかな目元をスゥの方に流し、キリリとした薄い唇を僅かに歪めた。
「はぁ!? 何や、お前は興味無いんか!? 俺は興味ありありなんや!!」
グルンと頭を回し、スゥは下から舐め上げるようにメンチを切り、唸る。
眼光には野生の残火が揺れる。いつもの愛くるしい笑顔は何処へやら、だ。
「だから! そうじゃない!! 立場が違うと言っているんだ!!」
すわ王子様か、正統派イケメンアイドルか。そんな綺麗に整った顔が、静かに歪む。
クールガイの眼力も、感情が乗ってなかなかの迫力である。
けれども、スゥも負けてはいない。何せ、彼も気が弱い方ではないのだから。
再びギャン、と吠えるように言い返せば、そこからギャァギャァと言い合いが始まった。
確か、この2人も同じ歳と言っていた。
普段は真面目でクール系なラフィだが、軽くてノリの良いスゥとは相性の問題か、背景の問題かは分からないが、たまに小競り合いをしている時がある。
まぁ、中身は大して深刻でない。些細な主張のぶつかり合いだ。
むしろ、日頃静かなラフィが、感情を剥き出しにしている意外な一面を垣間見る瞬間でもあるのだが。
何はともあれ、結果オーライと言う事にしておこう。
完全に違う方向へと流れてしまったが、おかげさまで空気は変わった。
グレイスは『またか……』と、言う顔をして、完全に意識が向こうに行っている。
ただ、ラフィの言葉は、清寿の心に重石を置いた。
純粋な指摘ではある。そして、悪意も他意もない。それは重々承知である。
それでも、『お客様』と言う言葉が、今の清寿には居心地の悪さを連れてくるのだ。
「気持ちはありがたいんだが、ここに居る以上、何か役に立ちたくて。……性格上、今のままだと、少し身の置き場がないんだ」
初志貫徹と行こうではないか。
仕切り直しとばかりに、清寿は言いたかった言葉を続けた。
その言葉で再びこちらに向き直ったグレイスは、呆れ顔で口をへの字に噤んでしまった。
「何もしなくて良いなら、俺は喜んで何もしないのに~。キヨは変わってるね~」
上半身をテーブルに投げ出しダラリと投げ出した、未だ寝癖だらけ髪の青年が笑う。
彼の名は『カッツェ』。よく聞く枕詞は『サボり魔』だ。
何を隠そう、グレイスに『爪の垢を飲ませたい』と、言わしめた人物である。
彼もまた、スゥたちと同じ歳。
そこの枠に、今は姿がないが、『マサムネ』と言う、普段から眼光鋭い青年も加わる。
何と言うか、同年が5人もいるからなのか、実にバラエティに富んでいる。
ーー主に見た目と性格が。
「……お前はもうちっと仕事しろや」
アーリーが呆れたように言いながら、頭をぺチリと叩けば、
「酷いや。大体やってますよ~?」
臆する事なく、小馬鹿にしたように笑って返した。
彼は何と言うか。顔は良いのだが、身だしなみに頓着がなく……いや、自分が興味ある事以外に頓着がなく、いわゆる『残念なイケメン』だ。
こちらは、アーリーとちょこちょこ衝突している。
まぁ、正確に言えば、アーリーがギャアギャア文句を言いながら、カッツェの世話をしている感じだ。ーーヒールな外見とは裏腹に。
「『大体』じゃねぇよ! ちゃんとやれ!!」
がなるアーリーの迫力にも動じない、肝の座りっぷりを見せるカッツェは、どこ吹く風と言った感じで、アハハハーと脳天気に笑っている。
こちらもこちらで、凄く凸凹した関係のようである。
けれどこの雑然とした空気感に、少しだけ、清寿の心が軽くなる。
先ほどまでの緊張も、取り留めない日常に解けていった。




