第7幕 赤と白のバラッド。③
その均衡が弾けた瞬間、張り詰めた空気が霧散する。
「何やってんだ、オメェはよぉ」
呆れたように言い放つ野太い声に目を向ければ、そこにも巨体。
グリズリー。そんなイメージが頭をよぎる図体をした、短髪の男が立っていた。
「だって、貯蔵庫、漁ってたっす……」
剣を弾かれ、清寿とは反対方向に転がった彼は、体を起こしながら拗ねたように返す。
倒れた時に腰をしこたま打ったのか、しきりにさすりながら顔をしかめていた。
そして、その顔には如何にも『不服です』と、書いてあるように見て取れた。
「オメェ、何年ココに居んだよ。いい加減、慣れろって」
オリーブアッシュの髪色の青年の方を向いて、熊男はそう言い放つ。
口調から感じるのは、怒りより、呆れ。
アレだけの剛腕を振るった彼は、息を切らす事もなく苦笑をしていた。
「だって。どう見たって、動きが怪しかったじゃないっすか……」
『俺は悪くない』とでも言いたげに、口を尖らせて拗ねる姿には、先ほど見せた殺気は微塵もない。ーー見た目の印象以外は。
鋭く悪い目つきの強面、いかつい体格、威圧感のある長身。
彼の職業を『ヒールプロレスラー』だと紹介されたら、すんなり信じてしまう恵体だ。
「バカか。こんな安酒盗んでどうすんだよ」
そう言って熊男が吹き出すと、強面な彼は「そりゃそうっすけど……」と、小さく呟き、それでも納得いかないと言わんばかりに口をへの字に曲げた。
「悪りぃな、兄ちゃん。大丈夫か?」
熊男は、清寿を見やる。
少しだけバツが悪そうな。けれども深刻さも、濃い焦りもない。
そんな感じの声音と表情だ。
「あ……はい……おかげさま、で……」
不意に掛けられた言葉に、返答を迷う。
身体は大丈夫だが、精神的には大丈夫とは言い難い。
そして、先ほどまでの極限まで張り詰めた空気感と、一気に緩んだ今の空気感の温度差が、地味にエグくて困惑している。
正直言って、心と頭の処理が追いつかないのが現状だ。
それと同時に、彼らのやり取りから感じる場慣れ感。
いや、焦りはあったのかもしれない。
それでも、一歩間違えれば大惨事のこの状況にも、どこか平然さが否めない。――まるで、日常茶飯事の延長線。
『死』と言うものが、随分と気軽に近寄ってくる状況に、『異世界にいる』実感が色を増す。
「ちょっと、アヴィ。俺の心配もしてくれよ。俺の自慢の尻が台無しだぜ?」
そうやって、尻をさすりながら、おどけて笑う亜麻色の髪の彼は、軽口が平常運転らしい。
けれど、少し下がり気味の、大きくはっきりした目を細めながら言うさまは、彼の甘いマスクと相まって、変なキザさを感じない。――なるほど、これが『ロメオ』と言うやつか。
「何言ってんだよ。今のが1番、適切な仲裁方法だろうが。オメェら2人を、同時に相手してられるかってんだよ」
アヴィと呼ばれた熊男は、いかつい巨体を揺らしながら、悪びれなく豪快に笑う。
拗ねる青年、軽口を叩く男、平然とした熊男。
チグハグな温度差と、日常感、そして前提の違い。
――情報が大渋滞だ。
「で。兄さんは、一体、誰なんだい?」
そんな、いきなり方向転換して投げられたロメオの問いに、清寿が慌てて答えようと口を開きかけ……
「キヨさん! 大丈夫ですか!?」
だが。
背後から降ってきたエヴァの焦った声に、タイミングを失った。
エヴァは、あわあわとしながら駆け寄って、視線を清寿と彼らの間で右往左往させる。
「身体は、大丈夫かな……多分。腰が抜けたくらいで……」
エヴァがあまりにも動揺しているので、ロメオへの返答よりもエヴァを優先させてしまった事は許して欲しい。
だが、その清寿の答えに、エヴァは胸を撫で下ろす。
「ユルさん。何があったんですか?」
小さく息を零したあと、困惑の瞳でロメオに説明を求めた。
「ちょっと、早合点しちゃったんだよ。不審者かと思ってさ」
あっけらかん。
ロメオはケラケラと笑いながら、悪びれる様子もない。
「あぁーー。そう言う事かぁ……」
ガックリ。
勢いよく項垂れたエヴァは、眉間に皺を寄せ、大きなため息ひとつ。
そんな2人のやり取りを見て、清寿は方舟の日常を垣間見た気がした。
「数日前に、グレさんたちが保護してきた方なんです」
しおしおと力無く応えるエヴァは、どうにも居た堪れなさを感じているようだ。
何せここは、屋外貯蔵庫の前。数日前、エヴァが清寿に教えた場所だ。
この状況の発端が、自身の発言に起因する事を理解したのだろう。
「あっちゃー。やっちまったなぁ! アーリー、謝んなきゃだ!」
ロメオはブレない。
軽やかな口調で、強面の彼に謝罪を促す。
「……すみません」
『不服です』と、相変わらず顔にデカデカ書いてあるものの、彼も素直に従った。
確かに、あんな風に言われれば、意固地になれないと言うものだろう。ーーまぁ、軽すぎる事には、目を瞑らねばならんが。
ただ、これがロメオの天然さ故か、計算なのかは計りかねるけれども。
「こちらこそ、誤解を招く行動をしてしまって申し訳ありません。今、方舟商会でお世話になっている、清寿と申します」
そう律儀に返す清寿だが、腰が抜けた状態から復帰できず、不恰好なままでの挨拶は、ご愛嬌と言ったところか。
「へぇ。じゃ、ウチに新しく入ったんだ」
彼らも大して気にしていないので良しとしよう。
それに、グレイスたちのやり取りでも感じたが、これが方舟の基本的な空気感なのかもしれない。
「えっと……キヨさん、今はまだ療養中なので、そこまでは……」
エヴァは、目の前にいる清寿に気を使いながら、言葉を選んでいるのだろう。
歯切れの悪い言葉を返しながら、誤魔化すように笑っている。
まぁ、グレイスからの決定報告が無い以上、エヴァが勝手な判断はできないという事だ。
「拾われて来たばっかなんだろ? 即決できねぇのは、しょうがねぇこった」
熊男は、おおらかと言うか、大雑把と言うか。
彼は見た目に反していて、根が優しいのだろう。
然も当然のように、エヴァの言葉を肯定し、笑っていた。




