第2幕 そして彼は途方に暮れる。①
さっきまでの静寂は、何処へやら。
光に視界を奪われて、無力感に意識を手放そうとした清寿を、今度は騒めきが包んでいた。
湧き上がる歓声、響動めく空気。
視界が戻り、突如目の前に現れたのは先程とは違う景色。
それは全てが光に満ち満ちた、煌びやかな空間だった。
建物も、それに施された装飾も、調度品も。人間も、それらが纏う衣装も、装飾品も。この空間にある物全てに於いて、だ。
例えて言うなら、まるで欧州の童話の世界かファンタジーの世界。
――まさか、映画のセットか、コスプレ会場。
はたまた、どこぞのテーマパークにでも放り込まれたか?
もしくは、斬新なドッキリか、新手のフラッシュモブ。
――な、ワケが無い。
清寿の頭に『らしくない』思考が巡る。
──末期だ。完全に、頭がイカれた。
多分、おおかた、そう言う事だと思う。きっと、そうだろう。
そんな逡巡をしていた清寿だったが、再び湧き上がった響動めきに、思考が強制遮断された。
だが、次の喧騒は、ほんの一瞬の出来事だった。
喝采は引き、代わりに困惑。
尻の座りが悪くなるような、嫌な空気が充満し始める。
順調だった案件が、先方の心変わりで頓挫。不可抗力で暗雲が立ち込め始めた時の空気だ。
思い出すだけで胃が痛くなる。
何が何なのか全く分からない。
けれど、予想外の事態。しかも、悪い意味で。それは、空気でひしひしと感じる。
──お呼びでない。
そんな言葉が脳裏を掠めた。
そんな清寿を無視して、一部の人間があたふたと動き出す。
それと同時に、後ろに控えている人々が苛立ちを露わにし始めた。
言葉は明確に聞き取れないが、何か紛糾している事は見てとれる。
この間の清寿は、完全に置いてけぼり状態だ。
暫くして、ぎこちない笑みを浮かべた3人の男がこちらに寄って来た。
彼らの格好はと言えば、ファンタジーゲームで見かける、司祭や魔導士のような出で立ちだ。
しかも、お遊戯会で着るような化繊の安い生地では無い。
まるで演劇施設の緞帳のような、高級感溢れる衣装を身に纏っている。
そんな彼らの内の1人、尖って少し長い耳が特徴的な男性が、張り付いた笑顔のままでヘラヘラしながら距離を詰めて、挨拶無しに清寿に向かって手をかざす。
──まったく、あるまじき態度だ。挨拶は仕事の基本だと言うのに。
そんな清寿の心の声は、届く気配もない。
挨拶どころか、何の説明もないまま不躾に、何かの文言を唱え始めた。
ブオォォンと、くぐもった小さな振動音。
それを合図に、透明な物体が目の前の空間に浮かび上がる。
それはB5ほどの大きさで、淡い青のガラス板のようにも見えた。
板が透明なおかげで、所々に何か書いてある事は把握できる。
しかし、全く見覚えの無い模様の羅列で、残念ながら何が示してあるのかはさっぱり分からない。
気になる事を強いて言えば、余白が随分と多い気がするくらいだ。
そして、作り笑顔の彼は、無言のまま透明な物体を真剣な眼差しで見詰めている。
だが、眼球が往復運動を繰り返すたびに、顔色が悪くなっていく。
忙しなく目線を移し、その仕草を何度も何度も繰り返す。
回を重ねる毎に焦りの色は増すばかり。
何だか見ているこちらの方が、居た堪れなくなる。
そんな錯覚まで起きる始末だ。
そして、眼球の動きが止まる頃には、彼の顔は完全に真っ青。
この世の終わりでも見たような表情になっていた。
「……大変です……彼……完全に『ハズレ』ですよ。……もう、最悪だ」
そうポツリと呟く。
「え?」
思わず清寿が聞き返す。意図的ではなく、心の声が漏れてしまった結果だが。
清寿の小さな声が耳に届いたのか、彼は『しまった!』と、言う顔をして、慌てて両手で自分の口を押さえ込む。顔色は青を超えて真っ白だ。
暫しの沈黙の後、彼は気まずそうに目線を泳がせた。
だが、運悪く清寿と彼の目線がかち合う。
気まずさが倍増だ。2人だけ別の空間に隔離されたような空気が包む。
躱そうとしたのに、状況の悪化を招く。
悪足掻きが余計に首を絞めるのは最早お約束と言ったところか。こう言う時は、得てしてそう言うものだ。余計に居た堪れない。
彼はその仕草を誤魔化すように、再びヘラヘラとぎこちない笑みを浮かべた。
それ以外の手段を思いつかなかったのだろう。
そんな態度を取った気持ちは分かるけれども、許せるかどうかは別の話だ。
悪いと思ったのなら、まずは謝罪をするのが大人だろうに。
むしろ、最後の言葉は熨斗を付けて叩き返してやりたい。
『最悪なのは、こっちの方だ』と。
……まぁ、それより何より。清寿は、とんでもなく嫌な言葉を耳にしてしまった。
——ここでも、俺は『ハズレ』なのか。
慌てた素振りから見ても、無意識に呟いた言葉なのだろう。
ならば、悪意や嫌味の類ではなく、純粋な落胆と絶望から溢れ落ちた言葉だ。
ただ落胆の本音ほど、残酷なものは無い。
不要。口を滑らせた彼が指す『ハズレ』は、そう言う事だろう。
その現状に気が付いた瞬間、清寿は肩を落として項垂れた。
かろうじて残っていた幾ばくかの精神を、一気に刈り取るほどの一撃だった。
HPのメーターが、真っ赤に染まっている幻覚が見えた気がする。
──今、俺はどんな表情をして居るのだろう。
清寿は、ぼんやりとそんな事を思う。
バツが悪そうにしながら、彼らがそそくさと後方へと下がっていくくらいだ。
きっと、とんでもなく酷い表情をして居るのだろうと、半ば確信している。
そんな清寿をよそに、今度は清寿から念入りに離れた場所で何やら揉め始めた。
だが、声を抑える事を忘れているのか、当て付けかは知らないが、無遠慮なのは確かだ。嫌でも耳に入ってくる大きな声は、いただけない。
しかも、揉め事の輪は広がっているようで。徐々に増えていく人数。益々大きくなる声。その場に居た全てを巻き込んでの混乱ぶりだ。
見ているだけで気が滅入る。
そして、罵りや責任転嫁めいた言葉の断片が、清寿に追撃を加えていく。
相手の無配慮にも心を抉られるが、扱いの雑さにも辟易する。
暫く揉めた後、騎士風の男性がブスッとした表情で、こちらに向かって来た。
彼としては凄く不本意な役回りなのだろう。
その証拠に、機嫌の悪さを隠そうともしない。
そして彼はその表情のまま、清寿に一方的に話し始めた。
まず、今回の発端は聖女を召喚するためだったようだ。
何の不備が有ったか不明ではあるが、召喚されたのは男性。
一応、念のためにスキルを見せて貰ったが、やはりそれらしい能力は見当たらない。
それどころかスキル自体が皆無。
なんなら、補助役としても不適合。
完全に人間違いの『ハズレ』人物。
ぶっきらぼうに、だが、端々にしっかりと言い訳を交えながら。
回りくどく長々と話された内容は、要約するとこんな内容だった。
……何と言う事だろう。
理不尽と不条理のごった煮だ。どこまでもツイていない。
それ以外の言葉が見つからない。
一方的に強制連行して来たクセに、勝手に盛り上がって、勝手に落胆されたんだから。こっちはいい迷惑だ。
原因不明とは言っているが、先方の完全なる不手際じゃないか。
だが、向こうの態度を見ていると『何でお前が出て来たんだ!?』と、寧ろ被害者意識の方が強い気がしてならない。
しかも聞いていれば、スキルとやらが無かった事に不服のようだが、そもそも召喚失敗が原因だろうに。
何を他責にしているのかと。これが部下なら、懇々と説教している自信がある。
百歩……いや、千歩でも一万歩でも。
何処まで譲ったとしても、『最低、最悪』と言う言葉以外が見つからない。




