第6幕 夢見る頃を過ぎても。②
「そう言えば」
清寿は、待ってましたとばかりに思い立つ。
教えてくれると言うのなら、折角のチャンスだ。
どうやらこの際に、根本的な疑問を聞いてしまおうと言う方向にシフトしたらしい。
「人間以外の人属種が居るって教えて貰ったんだけど、方舟にも在籍しているのかな?」
「居るよ。それこそ、グレもセロも亜人。正確には、獣人系亜人と人間の混血種だけどね~」
清寿の問いに、アズは事も無げに軽く返してきた。
……と、言う事は、やはり珍しい人種と言うわけではないらしい。
ただ、想定外の事実も含まれていて、少し困惑してしまう。
「え? そうなのか。見た目が変わらないから、てっきり……」
そう、グレイスもセロも、変な言い方だが『普通の人』に見えた。
清寿は聞き慣れない『亜人』と言う言葉を聞いて身構えていたのだ。
だが、それが杞憂であったと思い至り、少し胸を撫で下ろす。
「まぁ、グレもセロも混血種で特殊だからね。でも、2人ともスキル使う時はちゃんと獣耳も出るよ。あと使うスキルによっては尻尾も!」
──撤回。やはり未知の世界だな。
ドヤ顔のアズから得た情報に、清寿は思い直す。
そう言われても、清寿の頭の中には一般的なイメージ画像しか思い浮かばない。はたして、それで正解なのだろうか?
しかし、混血種? 尻尾? 獣耳? ……それ以上に、猫耳? 犬耳?
それに、獣人がどのような人種を指しているのかも謎だ。
「そうなのか。それは見分けが付かないワケだ」
まぁ、何にせよ。清寿が言うように、とどのつまりはそう言う事だ。
「まぁ、混血種は、出てくる特徴とスキルに個人差があるらしいし、一概には言えへんらしいけどな。人によっては、耳と尻尾が常に出とって獣人と変わらん奴もおるみたいや」
スゥの言葉に、情報の難易度が1段階上がる。
個人差。そうなると、カテゴライズも複雑になりそうな予感だ。
……だが清寿は、優先順位の低い情報だと判断したらしい。
脳内のメモ帳にでも走り書きしたのか、それ以上は深掘りしなかった。
「あと、ウチにはメイビーって呼び名のエルフも居るよ。風の魔法使い」
『エルフ』
アズの口から、ファンタジーの代名詞とも言える存在が出てきた。
しかも、お約束の『魔法使い』と言う職業でだ。
「エルフの魔法使いか。それは、強そうだな」
素直なイメージが溢れる。
清寿の脳内には、昔観た映画のワンシーンが甦っていたからだ。
ステレオタイプではあるが、こちらはすんなり認識できた。
「補助系の魔法使いだからね。攻撃系は得意じゃないみたい」
なるほど。確かにゲームの中でも、攻撃とか防御とか振り分けてある。
ただ、アズが溢した苦笑いは、清寿の反応がおかしかったからなのか、それ以外か。
判別はしづらいが、魔法使いの中にも色々な部署分けがあるらしい。
「じゃぁ、魔法使いもたくさん居るのかな?」
素朴な疑問。
だが、ファンタジーの世界だもの。清寿が、そう思うのも無理はない。
「ウチは少ないで? 『魔法使い』っちゅう職業に就いとるんは、2人しか居らへん。もう1人は、セディっちゅう土系の防御魔法使いや」
25人中、魔法使いが2人。これは多いのだろうか、少ないのだろうか。
ただ、グレイスが『訳アリ』と『あぶれ者』の集まりと言っていた事にも関係あるのかもしれない。
そして、こちらには人種の前置きがなかったから亜人ではなさそうだ。
だが、清寿は話を聞いていて1つ引っ掛かった事があった。
「あれ? マリィは魔法使いじゃないのかい?」
そう、清寿の頭に浮かんだのは『マリィ』の存在である。
「マリィは『魔女』が職業だから、ちょっと違うかな?」
確かに魔女と言っていたが……魔法が使えるならば、魔法使いの一部署ではないのだろうか。
アズの言葉に、清寿の頭が傾き始める。どうにも、脳内整理が上手くいってないようだ。
その仕草で察したのか、アズが笑う。
「『魔女』は特殊な職業で、『なりたい』って言って簡単になれる職業じゃないし。『魔法使い』とは別物なんだよね」
部署でなくて、組織が違うと言う事らしい。しかも、特殊な職業。
清寿は、グレイスが言っていた事を思い出した。ーー魔女は珍しいと。
「まぁ、リッカも魔法は使えるみたいやけど、魔法使いでも魔女でもないしなぁ」
スゥの言葉に、清寿の頭が再び傾き出す。
魔法が使えても、魔法使いにならない選択も存在するようだ。
──あれか? 教員免許は持っているけど、教師にならない……みたいな?
それに、就ける職業も身分で変わるとも聞いていた。
やはり、そこら辺の関係なのだろうか。
清寿は自身の知識の中から何とか代替しようと試みるが、どうにも前提条件の薄さで精査に難航しているようだ。
「まぁ、魔法使えても、魔法使いにならない人もいるしね。魔法以外に腕に自信が有るなら尚更だよ。魔法使いって、戦闘に出る職業の中でも、ランクの序列がエグい職業だし」
身分にランクに序列。
アズからの追加情報に何かを察し、清寿の首が今度は前に項垂れる。
──職業別のヒエラルキーも関係するのか。思った以上に世知辛いな。
覚える事が多い。そして、『剣と魔法の世界』なのに、夢も希望もない。
ファンタジーな世界だからと多少の思考フィルターがかかっていた清寿だが、ここに来てから耳にする内容が意外に生々しくて、頭も胃も重い。
ーーこれはもう、いっそのこと外した方が、清寿自身の為ではなかろうか。
「じゃぁ、2人も魔法使えたりするのかな?」
魔法使いの掘り下げは諦めたようで、話を上手くシフトする。
「ざ~んねん! 俺たちは使えないんだよね~。だから、専ら警護とか、近距離討伐の仕事してるんだ~」
笑って手を振るアズだが、またもや意外な情報が出てきた。
彼もまた、傭兵業的な仕事を請け負っているらしい。
「戦闘スタイルの性質上、長期の遠征は殆ど行かへんのや。俺らは軽量やし、使っとる武器も接近戦のモンやしな」
スゥも同様。
だが、確かに言った内容は、理に適っている。
2人とも、どう見たって筋骨隆々と言ったタイプではないからだ。
それこそマリィのように魔法が使えるなら、グレイスたちと並んでも問題ないかもしれないが、彼らに混じって行動するには無理がありそうに思う。
「ね~。だからこうやって、外で仕事する組の中では、比較的家に居る事が多いんだよ~」
で、グレイスたちの目を盗んで、ちょこちょこ観察に来ていたという事か。
えへへ。と、イタズラっぽく笑っているから、間違いはなさそうだ。
「じゃあ、もしかして、今遠征で居ない人も居るのかな?」
比較的居る事が多いと言うのなら、反対も然り。清寿は、それに思い至る。
「居るで。今は5人が遠征中やわ」
──これは、ビンゴ。
そして、聞いている限りでも、所属人数がそこそこ居そうではある。
「その内の3人は、そろそろ戻ってくるはずやけどなぁ」
「そうなのか。じゃ、近いうちにみんなに会えるかも知れないな」
スゥのその言葉に、清寿はそんな風に返してみたが、半分は希望、半分は社交辞令だった。
ここにいるのは『訳アリ』たちとは聞いているものの、聞く限りでは『仕事』をしている。
そこに、厄介になっているのだ。ーーしかも、豊かとは言い難い環境の中で。
だからこうやって、アズたちのように向こうから来てくれる者と話す分は構わないのだが、どんなテンションで溶け込んでいけば良いのかが、清寿には分からないようである。
基本的に、『来る者構わず、去る者追わず』なところがある清寿だが、自身からグイグイ行くのは苦手なのだ。ーーまぁ、その性格のおかげで、元カノと付き合うハメになったのだが。
「あー。後の2人は、出たばっかりやから。多分、再来月くらいにしか戻って来んわ」
その言葉を聞いて、表情に出さずに少し胸を撫で下ろした。
どう言う顔合わせになるか分からないが、しばらくの間、情報と心の準備ができそうだ。
「長期遠征は、そうじゃなくても日程予測が付き難いしね。予定変更もザラだし、報酬も不安定だしぃ」
アズは、自身の体験を思い出しているのだろうか、随分と眉間に皺を寄せて不満顔だ。
「だから俺、長期遠征の依頼受けるのは、嫌~い」
そう、感情を乗せて付け加えると、イーっと、歯を剥き出すようにして顔を歪めた。
そう言う表情は、若さと言うより幼さを映している。
顔のせいもあるのだろうが、実年齢より若い印象を受けるのは、言動のせいだろう。
ーーそれでも、これぞいわゆる『ただしイケメンに……』と言うやつである。
故に、不快感は無い。
「それでも、日給の歩合は良えしなぁ。出撃有る無し、成果に関わらんと、最低限の遠征費は担保されとるし。ホンマは、稼げる依頼やった方が良えんやろうけど」
──出張。
清寿の頭には、そんな単語が浮かぶ。
出張経費に手当の保証。そんなところだろうか。
「でもさぁ。身の丈に合った依頼受けた方が、お互いのためじゃない? 遠征費って言っても微々たるもんじゃん。それにどうせ俺らは前線要員なんだし、命の割に合わないよ」
アズは軽い口調で拗ねるが、言っている内容は生々しい。
清寿だって殺されかけたが、職業としての『命のやり取り』とは意味が違う。
そして、微々たる補償しか出なくても『職業』として成り立つ世界と言う事だ。
「せやけど。方舟の事考えたら、ちょっとでも稼げた方が良えやん? 遠征組ばっかり無理させとるしなぁ」
──方舟は相互扶助で営まれている組織なのだろうか?
むしろ、『商会』とは、なんぞや。方舟の謎は深まるばかりだ。
傭兵業に、魔女。そして基盤が『相互扶助』。
これを『商会』として、商っているのだろうか。
ただ、スゥの話し振りを聞いていると、自身の感情が軸のアズと違い、思うところがあるらしい。彼の声音からは、少しばかりの負い目を感じる。
「そうかもしんないけどぉ。無理までして働くのが、納得いかないんだよね。全く何にもしてないヤツも居るんだしぃ……」
ズン……。
清寿の心にアズの言葉が、重くのしかかる。
勿論、言葉に他意も悪気もないのは百も承知だ。
「ごめんな。負担を掛けて」
けれど、謝らずにはいられなかった。
何せ、清寿が1番気にしている事なのだから。落ち込むなと言う方が無理である。
「違う! 違うの! キヨの事じゃないからね!?」
自身の言葉で清寿が凹んだ事を察知したアズが、慌てて言葉を否定する。
「そやで? キヨはお客さんやし、身体治すんが今の仕事なんやから」
スゥにまで気を使わせてしまう有り様である。
29歳 無職。
――哀れな社畜、清寿。
ワーカーホリックな事は自認しているようだが……彼の心の根は深そうだ。




