第6幕 夢見る頃を過ぎても。①
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あれから数日間。
食べては寝るの繰り返しのおかげか、清寿の気力と思考は徐々に戻りつつある。
やはり3大欲求に加えられるだけあって、『睡眠』と『食』と言うやつは、きちんと確保しないとロクな事にならないと言う事を、身をもって体験した気がしていた。
そんな風に考えていたおり、コンコンと、遠慮がちに扉を叩く音に思考が向いた。
促す返事をすれば。好奇心と、申し訳程度の遠慮が混じった、知らない顔が2つ覗く。
一つは健康的な小麦色。もう一つはもう少し褐色、こんがり焼けた香ばしいパンの肌色だ。
「入っても大丈夫?」
艶とハリのあるパン色の青年が大きな瞳を向ける。
彼のキラキラした瞳には、隠しきれない好奇心が現れていた。
「もし、大丈夫やったら、お話したいなぁ……思うて」
遠慮がちに尋ねた小麦色にも、言葉とは裏腹な好奇心が漏れている。
何ともウズウズしたような、興味から目を逸らす事のできない子犬のような瞳である。
──何処かで見た記憶が……
清寿は、軽い既視感に頭を捻る。
──ああ。目覚めた時、扉の隙間に並んでいた顔。その内の2人か。
「大丈夫ですよ。どうぞお入り下さい」
清寿のその言葉に2人は顔を見合わせて、一気に破顔する。
それから、待ちきれなかったと言わんばかりにいそいそと部屋に入ってきた。
ほど良い身長のパンの肌色は、服越しにもスラリとしていて、手足が長い事がよく判る。
肌色と、卵型の整った顔立ちが相まって、何処かオリエンタルを思わせる印象だ。
小麦色は、それよりいささかこぢんまり。
外見だけで言えば、『青年』と言うよりは、『元気な少年』。そんな印象を持ってしまう。
けれども多分、先ほどの行動を見るに、彼の方が年上のような気がする。
一応なりとも、初動では好奇心を隠そうとする態度が見て取れたからだ。ーーまぁ、隠しきれていなかった事は、ご愛嬌と言ったところではあるが。
2人は一目散に部屋の隅に置かれていた椅子を移動させて、ベッドの脇へと並べる。
──これはもしや、あの時以外も覗かれていたのかもしれない。
その迷いがない一連の行動に、あまりにも戸惑いがなくて、清寿は思わず苦笑してしまう。
何せ、部屋の隅に置いた椅子は、扉を中途半端に開けた時には死角になっているのだ。
それを探す事なく……いや、清寿の部屋にある椅子の存在を知っている事自体が、証拠を指し示しているようなものだろう。
これは話し合いの時に3人が持ち込んで、そのあと端に寄せて置いていったものだから。
まぁ、彼らがみんなに話している事も考えられるが、そんな報告は受けていない。
察するに、『フライング訪問』と言ったところではなかろうか。
そうして慌てるように腰を下ろすと、前のめり気味で話し始めた。
「ねぇねぇ。お兄さんは召喚者って本当?」
艶々パンの青年は、そう切り出した。
期待に満ちた目は、一層大きく開いて輝きを増す。
「私自身も正しく理解できていませんが、その様ですね」
清寿から、思わず苦笑が漏れる。だが、その苦笑すら営業用だ。
召喚者ではあるが『ハズレ』なのだから、意気揚々と返事はしにくい。
どうもこの純粋な瞳に、バレる嘘はつきたくないが、然りとて上手い言葉は見つからない。
そんなペテン師臭が漂う清寿の切り返しに、青年は首を傾げて思案する。
──怪しませてしまったかな?
青年は、顎に人差し指を添えて、斜め上を見ながら頭を揺らす。
小顔の後ろに編んだ細い三つ編み。
左右に頭を傾げるたびに、ゆらゆら揺れる。まるで何かの尻尾のようで、少し笑える。
そんな彼は、頭の動きを止めて数度瞬きしたあと、ピコーン! と、音が鳴りそうな表情を浮かべ、満面の笑みで口を開いた。
「お兄さんって何歳?」
──よし、何歳に見えたかは聞かないでおこう。
お年頃の女性じゃあるまいに、清寿は年齢を言うのが好きではない。
親友には、最近やっと実年齢に容姿が追いついて来たと言われた清寿である。
高校生の頃から成人に間違われた事もしばしば。
派手でない顔の事もあるのだろうが、落ち着き払った所作が追い討ちを掛けている。
「29歳です」
柔くニッコリと、渾身の営業スマイル。
今の清寿には、これしか若く見せる術を持っていない。
「じゃ、グレたちと一緒じゃん! 俺のが年下だから、そんなに堅い喋り方しなくて良いよ!」
彼が気にしたのは、堅苦しい喋り方の方だったようだ。
ちょっと自意識過剰だった事に、清寿は思わず自嘲する。
ちなみに少し言い訳すれば。
初対面での堅い喋りは、清寿の意図的なものである。
相手の素性が分からない以上、安牌の布陣は実に効果的なのである。
丁寧な言葉や態度で起こるものは少ないが、大きな態度で出ても良い事はないのだから。
清寿なりの、いわゆる『処世術』と言うものだ。
「そうか。ありがとう」
晴れて許しを貰った清寿は、一段砕けた言い方にシフトする。
「俺の名前はアズハール。21歳だよ! 『アズ』って呼んでね!」
アズハールこと『アズ』は、思っていた程度の年齢だった。
光沢のある肌艶が羨ましい。
少し猫っ毛の淡いミルクティー色の髪が、暗い肌色によく映える。
若さ溢れる花の顔を持った、中性的な青年だ。
「俺は『スゥ』って呼んでや! ほんで、年は25!」
こちらは予想が外れていた。
童顔と体型から、アズと変わらないくらいだと思っていたが、もう少し年上。
少し外に跳ねた、濃淡が混じるオレンジマーブルは、夕映の海を髪に映したような印象だ。
ニッカリ笑う口元から覗く、立派な八重歯。小麦色の肌に相まって、溢れる生命を感じる。
ーーそして何故か違和感なく似合う、関西地方ニュアンスの言葉。
「ねぇ。お兄さんの事は、何て呼んだら良い?」
アズの屈託のない笑顔が眩しい。何故か、新入社員を思い出させる。
「俺の名前は清寿。呼びにくいみたいだから、キヨって呼んでくれて構わないよ」
適度にグイグイ来てくれるのも、ありがたい。
清寿自身、お喋りは嫌いじゃないが、初見の会話は骨が折れる。
今回みたいに、リサーチできていないなら尚の事だ。
「ねぇ、キヨ。俺さ、キヨの国のお話聞きたいんだ。グレたちがちょっと話してくれたんだけどさ、御伽話聞いてるみたいで、俺ワクワクしちゃった♡」
ーーワクワクが止まらない。
アズは、また少し身を乗り出しながら、興奮気味に破顔する。
「な! 魔法もないんに、馬の必要ない乗り物やら、竜やら魔法具に乗らんでも空飛べるとか。何や、むっちゃ信じられんような物が有る世界から来たんやろ!?」
ーーロマンティックも止まらない。
大きな吊り目を嬉しそうに細めながら、スゥも争うように身を乗り出す。
そうして清寿は、その希望に応えるべく、聞かれるままに答えを返す。
その度にくるくる変わる2人の表情は純粋で、見ていて飽きが来ないのだ。
「凄いなぁ! ホンマに別世界から来たんや!」
「ねー! ほんと、御伽噺を聞いてるみたい!」
清寿にとっては、こちらの世界の方がよほどお伽噺の世界のように感じるが、彼らにとっては清寿のいた世界の話こそが、お伽噺の世界に感じるようだ。
「ただ、こちらの事は殆ど分からないから、実感が湧かないところが多いかな?」
少し本音が漏れてしまったのは、是非のない純粋な雑談だからだろう。
──いつもの3人との話とは、やはり感覚が違うな。ある意味、新鮮だ。
勿論、グレイスたちと話すのも楽しい。
けれども、お互いの立場上、どうしても擦り合わせや段取りが必須になってしまう。
故に、聞きたい事を遠慮して、次のタイミングを見付けられずにいる事も事実だ。
「だったら、俺が教えてあげる!」
「俺も教えたるわ!」
察したのか、無意識か。
2人から降って湧いた申し出に、清寿は笑顔を向ける。
「ありがとう。助かるよ」
清寿がそう返せば、2人は得意気に笑って見せた。




