第4幕 君が知らない物語。⑨
「……のう、兄さん。あんた、死ぬつもりなんか?」
沈黙を破るマリィの問いに、グレイスとセロはギョッとした。
『助けた』のに『死ぬつもり』 ーーいきなり何を言い出すのかと。
焦りと困惑と突拍子の無さ。そんなトリプルコンボが脳天を揺らす。
「……え? いえ……そこまでは……多分……」
そんなグレイスとセロの事などお構いなしに、清寿は頭を捻って悩み出した。
その答えに、2人は再びギョッとする。
その煮え切らない返事と、事も無げな素振りが、2人の困惑を加速させる。
ーーだから一体、何を言い出すのかと。
もはや理解の範疇を越え、幻聴でも聞いているのかと不安にすらなる。
そして2人は金縛りにでも掛かったように微動だにすることもできず、その場でフリーズしてしまった。
そんな2人に触れる事なく、マリィは問いを重ねる。
「なら、何で生きる術を捨てるんじゃ?」
怒っているワケでもない、悲しんでいるワケでもない。淡々と真剣な表情で聞いてくる。
ただし、目だけは清寿を捉えたまま。
お為ごかしの答えなど聞くつもりはないのだろう事は見て取れた。
「ワシはのう。あんたを見つけた時から、ちいと違和感があったんじゃ」
マリィの視線に捕縛され、清寿は逃げることが叶わない。
言葉にしなくても、真っ直ぐな目が本心を晒せと訴えてくる。
「違和感……ですか?」
清寿は不思議そうな表情を浮かべ、脊髄反射のようにオウム返しをしてしまった。
ーーけれども、それも致し方ない。
残念ながら、彼が求める『本心』は、清寿にも分かっていない。
むしろ、どう言語化したら正確に伝わるのか、清寿の方が悩んでいる有り様だ。
「ほうじゃ。驚きはしとったかもしれんが……」
思い出しているのか、言葉を選んでいるのか。
マリィは少し間を空け、静かに続きの言葉を口にした。
「あん時、アンタは怯えとるワケでも、テンパっとるワケでもなかった。寧ろ、微動だにせんで他人事のように見とったじゃろう?」
清寿はマリィの言葉に押し黙った。
──『他人事』……ではなく、『現実逃避』の方が近い気がする。
「それにのう、話を聞いとったら、賢い兄さんじゃ。あの時、自分の置かれた状況が分からんような馬鹿じゃあるまいしの」
──分かっていたからこそ、受け入れた。
現実逃避だろうか、それとも自己防衛だろうか。
果たして、あの心情を的確に伝える言葉があるのかも分からない。
「……どう言うことじゃ?」
怪訝そうな顔のセロから漏れた言葉は、マリィに問うたのか、自身に向けてなのか。
冷静でいて、状況が分かっていたはずなのに動かない。
セロにとっては、その理由があまりにも不可解で、真意が見えないのだろう。
それでも答えてくれない清寿に、マリィは自身の確信を『問い』と言う形で口にした。
「兄さん。アンタ、自分の置かれた状況分かって、あのまま殺されるつもりじゃったんじゃろう?」
ビリリとした空気が走り、その衝撃かセロは身を乗り出すように吠え立てる。
「はぁ!? なんじゃ『殺されるつもり』っちゅうんは!? んな馬鹿言うなや、そがーな匂いはしとらんかったぞ!?」
自身の経験則から、あの場にそんな最悪のシナリオが横たわっていたとは、考えてもいなかったのだろう。
その青天の霹靂に、思わず感情が抑えきれなかったようだ。
──正確に言えば、殺されるつもりではなくて、全てを諦めただけなのだが……。
そんな事は些細な問題だろう。とどのつまり、結果は同じなのだから。
清寿の顔に、思わず苦笑が漏れる。
「……なんじゃぁ……どがーになっとるんじゃ……」
清寿の肯定とも取れる表情に、セロは口をあんぐりと開け、唖然とするしかなかった。
グレイスも気持ちは同じようで、こちらは随分と渋い顔をして口を開いて固まっている。
「のう、兄さん。深く突っ込む気は無いが……」
マリィは、そう静かに切り出した。
「ワシらが折角助けた命じゃ。死ぬ理由までは言わんで良いが、財産を放棄する本当の理由くらい聞いても、ワシらにゃバチは当たらんと思うがのう。……違うか?」
──そう言われてしまえば、こちらも誠意を見せないといけないか……。
『助けた命』と言われてしまえば、全てを濁す事は不可能だ。
それに、きっと彼らの目には、今の清寿の態度が『自暴自棄』に映ったのだろう。
――清寿的には、そう言うワケではないのだが……。
けれど、ここをボカしたまま終わらせると、お互いにとってよろしくなかろう。特に、彼らにとって寝覚めが悪い形になってしまうのだから。
「先ほど、お話を聞いて確信した事もあるんですが……」
清寿はそう切り出して、次の言葉を言い淀む。
それから少しの沈黙の後、覚悟を決めたように重い口を開いた。
「私は、この世界では、生きていけない」
先程まであやふやに答えていた清寿が、言い切る形で留める。
それは『推測』ではなく、『確信』故の事だからだろう。
「多少の差異はあっても、どのみち長く生きていけない。例え大金を持っていたとしても。……それが一番の理由です」
『助かった』と言う過去の話ではない。
『生きている』と言う現在の話でもない。
『生きていけない』と言う、必ず来る近い未来の話だ。
遅かれ早かれ、バッドエンドが不可避な世界。
だから、清寿は『運命に委ねる』と言う選択肢を選んだのだろう。
そして、部屋には再び重い沈黙が降り積もった。




