第4幕 君が知らない物語。⑧
「それと、話を戻すようで申し訳ないのですが……その……昨日、仰っていた『浄界祭』とは……」
清寿が、おずおずと蒸し返す『浄界祭』と言うワード。
この現状を引き起こした発端であり、諸悪の根源だ。
ーーただ、今更分かったところで、何の解決になると言うのだろうか……と、疑問も湧くが。
まぁ、それは清寿が、身をもって知っている事だろう。
それでも清寿は、何処かに一縷の希望を見出したかったのかもしれない。
「何じゃぁ、『浄界祭』の説明はしてもらえんかったんか。ほいじゃ、何かも分からんわのう」
マリィはそう言うが、正確には、『説明は』でなく『説明も』である。
何せ、清寿が説明された事は、『間違い召喚』『ハズレ』『役立たず』の3点セットのみ。
あとの9割は『言い訳』で、召喚された場所が何処なのかも知らない有様なのだから。
「瘴気場の浄化をする祈祷、もしくは儀式の事を『浄界祭』言うんよ」
そう話を続けられても、『瘴気場』なるものも分からない状態である。
清寿の頭が、無意識に傾いてしまう。
そんな清寿を見て、マリィは何かを察したのか、苦笑しながら噛み砕いて説明を始める。
「『瘴気場』言うんは、魔力が溜まって凝縮した場所の事じゃ。魔力が溜まれば濃くなるけぇ、それにつられて魔物が集まってきて、その周辺は魔窟化するんよ」
─なるほど。……よく分からん。
清寿は、説明内容の把握はできた。けれど、上手く飲み込めない状態らしい。
『魔力』『濃くなる』『魔窟化』
意味は分かるが、実生活の中では縁のない単語である。
故に、何となくの想像はできるが、自身の現実に落とし込む作業が難しいのだ。
「放っておくと魔窟が広がってしまう。じゃけぇ、それを防ぐために、そう言う魔力の溜まり場を浄化せんといけん。そのために、祈祷祭をするんじゃ」
──地鎮祭? いや、お祓いの類と言ったところだろうか?
説明される内容がファンタジー過ぎて、必死に身近な解釈を探し出す。
この手の説明は、小説やゲームで遭遇した事はあるのだけれども。よもや自身に降り掛かろうとは思ってもみなかった。
ああ言うものは、フィクション。そして他人事な第三者として読むから理解できるのであって、当事者として芯から理解するのは意外に骨が折れる。
「そのために、聖女を召喚するんですか?」
この質問こそが、清寿の1番疑問であるところ。
いや。物語的には王道と言うか、当て擦られた感すらあるのだけれど。
それでも、この事態の原因、自身の現状。それを判断する大切な鍵だ。
「国によって方法は色々あるんじゃろうが、この国ではそう言うことじゃ。この国では神話に基づいて聖女を召喚して、穢れ払いを執り行うんが伝統らしい」
──それを失敗した……だと?
「ま、召喚の時点で躓いてたんじゃ、話にもならねぇけどなぁ」
清寿が飲み込んだ言葉を、グレイスが言ってしまった。
「聖女じゃ言うんに、男を召喚しとる時点でお察しじゃけぇのう」
続いたセロの言葉も同じく。
「じゃけぇ、余計に証拠隠滅したかったんじゃろう。ほいじゃが国家自ら手を下せば、バレた時に国民からの反感買うけぇ、何処ぞの誰かに他領地で隠滅させたかったんじゃろうのう」
マリィの言葉は、清寿が導き出した結論。
そして、『他人が代弁してくれた』
加えて、見事なまでのジェットストリームアタック。
この手の事において、ここまで清々しい体験は、清寿の過去でも5本の指に入る程度に、だ。
「何処までもゲスい考えじゃのう。帝国の名が聞いて呆れるわ」
──自身の脳内で思うのと、他人の言葉として耳から入ってくるのは、破壊力が違う。
清寿は、セロの言葉に再認識を強いられた気分になる。
「まぁ、良いや。帝国のゲスさなんざ、今更の話だしなぁ」
──『今更』か……。
グレイスの言葉がダメ押しだ。
この流れは予定調和。
ポキ……
清寿は、何処かで何かが折れた音を聞いた気がした。
ーーこれが幻聴でも比喩でも、どっちだって構わないのだけれども。
ただ、清寿の思考をへし折るには、充分過ぎる破壊力があった。それだけの話だ。
「それより、朗報だぜ?」
そう話を切り替えたグレイスは、朗らかに、そして屈託なく笑う。
「アンタの私財は全部無事だ。ちゃんと保管してあっからさ、安心しなよ。不幸中の幸い、少しは元気も出ただろぉ?」
けれど今の清寿には、この言葉が何処か遠く聞こえていた。
まるで、テレビを流し見していた時のような、薄い膜で隔てられた向こう側のお話。
彼の笑顔は目の前にあり、言葉も耳に届いている。
なのに、思考回路が壊滅した清寿には他人事のようで、感情は動いてくれなかった。
清寿にとって、他人事の内容に返答をするのは困難な事ではある。
それでも、返さねば話は進まない。
まぁ、幸いと言って良いかは不明だが……清寿の中で結論は出ているのだから、あとは用意していた最後の選択肢から選べば良い。
そしてそれが、頭が回らない清寿の唯一の救いでもあった。
「あ、いえ。……お金は助けて頂いた御礼として、取っておいて下さい」
清寿が出した答えは、これ。
このような状況でも、『経験』という名の自動制御が稼働する。
それを喜んで良いのか、嘆いた方が良いのかは分からない。
――ただ残念な事に、そこには、正解か不正解かの判断項目は介入しないのだけれども。
「は!? 何、言うとるんじゃ!? 兄さん、気は確かか!?」
目の前のセロの切れ長の目が、見る見るうちに、丸く大きくなっていく。
目は口ほどに物を言うとは、よく言ったものだ。彼の目は、『驚き』をとうに超えた『驚愕』を映していたのだから。
横のグレイスも同じようで、三白眼を限界まで見開いていた。
そして流れる白い行間。
その暫しの沈黙の後、反応の変わらない清寿に不信を抱いたのか、グレイスが眉間に皺を寄せながら重いため息を吐いた。
「……アンタ、こっちの金の価値分かってねぇんだろ?」
喜ぶはずと思っていたのに、想定外の反応を喰らったグレイスは口を歪ませる。
まぁ、彼の反応は至極真っ当だ。
普通に考えて、殺されかけたところを助けられて、金も荷物もそのまんま。この状態なら、泣いて喜んで安心するのが普通である。
こんなハッピーエンドをスカされたのだ、そう思うのも無理はない。
「まぁ、それもありますが……いかんせん、恩を返せる術が有りませんので」
けれども、清寿からの返答に変化はなかった。
「あのなぁ。貴族や王族にしちゃ端金でも、あんだけありゃ、一般人なら死ぬまで働かずに充分釣りがくるくらいの金額はあんだよ」
清寿の返答は、グレイスには煮え切らない反応にしか映らなかったようで。
呆れと少々の苛立ちが言葉の端々に滲む。
けれども、その苛立ちの大部分は上手く伝わらない事への『それ』だろう。
グレイスは『生きる希望』を差し出した。
なのに、肝心な事が届いていないと感じたからに他ならない。
「しかも、持ってて腐るもんでもねぇし」
現に、そうやってへの字口から漏れた言葉は少し拗ねている。
「……それに、アンタがこの世界で生きていく為の、唯一の足掛かりだ」
察してくれないなら、言うしかない。
そう思ったのか、グレイスは、本当は言いたくなかったであろう現実を口にした。
「……確かに……そうかもしれません」
けれど、清寿から返ってきた言葉は、グレイスの望んだものではなかった。
煮え切らない態度に、グレイスは頭を抱え、髪をグシャグシャと掻き回す。
言いたい事は全て言った、補足もした。それでも伝わらない、このもどかしさよ。
「だいたいよぉ!? 俺たちが金目当てで助けたんなら、とっくの昔に放り出してるっちゅうのぉ!」
あ゙あ゙あ゙……と、言葉の最後に溢れた声は、グレイスの言語化できない感情だろう。
そして、吠えるように感情をぶつけたのは、純粋な好意の行き場の無さからだ。
「すみません……本当に御礼の意味だけなんです。他意は無いんです」
それでも、意に介してくれない清寿の反応に、グレイスはガッツリ項垂れる事しかできなかった。




