第4幕 君が知らない物語。⑦
「てかさぁ、アンタの国? 世界? って、どんなとこなのぉ?」
グレイスは、不意に話題を変えた。
それは、清寿の沈んだ気持ちを察したのか、清寿の顔に出ていたのか。それとも、ただの興味本位だったのかは分からないが。
──どんな場所、か。
改めて聞かれると、『難しい質問だな』と、清寿は思う。
この場合、何処を基準に比較対象をし、何処を切り取って説明するのがベストな選択だろうか。それが問題である。
「機械と化学が発達した、魔法の無い世界ですかね……」
最適解かは分からないが、今知り得た断片的な情報の中で、1番大きな違いを選んでみた。
そして本音部分で言えば、半分は手抜きと言うか、安牌の選択でもある。……まぁいわゆる、『当たり障りのない答え』と言うやつだ。
「え? 魔法ねぇの!?」
グレイスの素っ頓狂な声で、純粋な驚きを垣間見る。
そして、残りの2人も目を丸くしていると言う事が裏付けだ。
──お約束の反応だなぁ。
自分が体験する事となった『物語のセオリー』に、清寿は思わず苦笑を溢す。
だって、普通に生きていて、まさか自分が当事者になるとは思わないじゃないか。
個人差はあるにせよ、不可抗力の反応だろう。
「じゃ、魔物とか魔獣と戦ったりする時どうすんだよ!?」
──そうきたか。
前提の違いが凄い。
そして、そこもやはりセオリー通りのようである。
ここは『魔物』や『魔獣』などの生物が跋扈している世界らしい。
「……いや、魔物とか魔獣自体が居ないと言うか……実態のある、魔力を持った生物が居ないと言うか……」
──今まで生きてきて、こんなにも困る説明があったものだろうか。
いや、無い。
少なくとも、清寿の人生の中では無かった。
突拍子もない質問や、言い掛かりのようなクレームに面食らった事はあるが……でもそれは、切って捨てても問題などなかった。
適切に切り捨てる処理に頭を悩ませたのであって、擦り合わせる行為に悩んだ記憶はない……気がする。
何せ、現代の日本では情報が簡単に得られる。手の中や目の前にある箱で調べれば、最低限の情報は出てくるのだから。
それに、一定の範疇を越えれば、それこそ『切り捨て』や『撤退』の選択肢を選ぶ事は、むしろ『正しい選択』ですらある。
だが、それはあくまで『現代の日本』の話なのだが。
──いや、訂正する。
──あった。思い当たる節が。随分、ベクトルは違っているが……
元カノとの顛末、会社との顛末、そして親族との事。
収まった結末を無視して、向こうの望む決着に落ち着くまで、結末を覆す人々が。
嫌な記憶が、蓋をこじ開け、這い出ようとする。
清寿は慌てて意識の蓋を閉め直し、目の前の返答に集中する事にした。
「争いは専ら人間同士で、使うものは、主に機械兵器や化学兵器ですね」
悩んでみたものの、誤解を招く言い方は好きではない。
ベストではないが、ベターな答えを選んだ。
「しかし。さっきから出てくる、『カガク』っちゅうモンが、こっちの世間じゃ聞いた事ない代物じゃのう」
マリィの言葉は、清寿の疑念を肯定した。
これもまた、セオリー通りか。何とも骨が折れる作業だ。
「えっと……錬金術?……の進化版みたいなものですかね?」
これが、正しい説明かどうかは分からない。
ただ、違ったとしても許して欲しいところではある。
細かく説明すればキリがない……と、言うか。残念ながら、清寿にはそこまでの専門知識が備わっていない。
故に、ぼんやりだが、相手の腑に落ちるであろう範囲で賭けてみる。
ただし、この世界に『錬金術』の概念が存在しなければ詰むのだが。
「なるほどのう。高度な錬金術か」
――良かった。一か八かが当たった。
マリィの返答に、胸を撫で下ろす。首の皮一枚繋がった事に、清寿は安堵を覚えた。
「一般的に魔法が使えない代わりに、錬金術を進化させた『化学』で光や熱を生成したり、高速で地面を移動する箱や、空を飛べる箱で移動したりしてます。あと、遠隔地の人と会話したり映像を送り合ったりとか」
清寿は、一応の実例も出しておこうと補足を入れる。
少しでも具体的なイメージがあった方が、認識しやすいはずだ。
──我ながら言葉のチョイスに軽く凹むが、これで勘弁して欲しい。
「ほう、興味深いのう! そがーな文明があるんか!」
清寿の説明に、セロの目がキラキラと輝く。
今までの立ち位置から、俯瞰的に物事を見ている落ち着いた人物かと思いきや、意外に無邪気さも持っているらしい事が見えて、少しの安堵。
「まぁ、成り立ちと能力の問題じゃろうの。こっちの世界は魔法があるけぇ、こんな感じになっとるが、兄さんとこは魔法がないけぇ、他の文明が発達したんじゃろう」
ふむ、と、考え込むマリィは、セロと対照的だった。
清寿の拙い説明から、よくもまぁそこに落とし込めたものだ。
ただ口が悪くて豪快なだけではない。その行為に知性を感じる。
……いやむしろ、知性があるからこその口の悪さかもしれない。
「しかし、そっちの世界にゃドラゴンやらエレメントやらはおらんのか……」
セロのその言葉が、ガッカリなのか、困惑なのかは判断しかねる。
けれど今ここで、『信じていれば、不思議なものも見えるかもしれませんね』なんて。そんな、お為ごかしのリップサービスに意味はないだろう。
「こちらの世界では、伝説上とか空想上の生き物としての認識ですね。私自身は、一度も見た事はありません。霊や精霊も同じです」
苦笑いを返しながら、清寿は自身の見識を伝える。
そう『認識』と『実体験』に則って。
ーー信じるか信じないかは、あなた次第。
と、言われたとて。実際問題、幽霊も妖怪も未確認生命体も、存在否定はできないが、確定もできていないのだから。
「はあー、本当に前提が違うのかぁ。見た目は一緒なのにねぇ」
グレイスも事の重大さに気がついたようだ。
そう、見た目は然程変わらない。言葉も通じている。
いや。むしろ、言葉が通じている事は、引っ掛かっている箇所でもあるのだが、この際それは捨てておく。
とりあえず、見た目の違和感が少ないのに、前提が大きく違うことが問題なのである。そこが先ほどから、地味に錯誤を連れてきている状態だ。
「世の中? は、げに広いのぅ」
セロの言葉に納得するしかない。
世の中と言うか、別次元。……いや、正確に言えば『異世界』だもの。
口に出すのは簡単だけど、実際に認識して理解する事の難しさよ。
──やはり、海外出張とは次元が違う
清寿はそんな事を思ったが、そもそも自身が持っている概念と大きく異なる秘境の地には行った事がない。
故に、それを前提に参照しても意味はないのだが……
ーーそれ以前に、帰る術がないのだから。
まぁそこは、分かっていても、あえて考えないようにしているのかもしれない。その根本問題は、現状の清寿にはあまりにも重過ぎる。
「まぁ、『所変われば品変わる』言うしの。致し方あるまいや」
2人の混乱を一蹴するかの如く、マリィは豪快に笑い飛ばした。
今の清寿には、この豪胆さが羨ましく映る。
それと同時に、彼の豪胆さは親友の面影を思い起こさせた。
ただ、マリィと親友はベクトルも思想も違う。
それでも、学校でも仕事でも見てきた、胆力の強さと言うか、物語の主人公を張れるような、土壇場を笑い飛ばせる精神力の強さだ。
そして、それに気が付いた事によって、胸がチリリと焦げ付いた。
──こんな事実で、異世界にいる事を認識したくなかったな。
そう思っても、後の祭りでしかない。
ここには、正解かどうかの意見を仰いでいた親友は居ないのだ。
ーー自分1人で判断して決断を下す。
それしか選択肢がない状況を、悔やむ事も呪う事もできずに。




