第4幕 君が知らない物語。⑥
「……だからさ、あんまり気ぃ落とすなよ」
グレイスから溢れた苦笑いを伴う慰めが、優しくて辛い。
『悪い事』は、失敗召喚や仕事の話だけでは無いんだが……と、思ったが、言ったところで更に同情と気まずさが加速するだけだ。
それに、身の上話を詳しくしたとて、解決の導にはならないので、今は口を噤む。
その代わりと言っては何だが、『不躾な質問で申し訳無いのですが』と、前に置いて、引っ掛かった箇所を質問として投げる事にした。
「職業を仰られていた時に、階級だとかのお話が出て居ましたが……」
正直言って、どう言うテンションで尋ねれば正解なのかは分からなかった。
それでも。聞かずに、通り過ぎる事はできない。
ここで生きていくための根幹。
彼らが職業を口にする時に口篭っていた事実。
ならば清寿にとっても、これから判断を下す時、絶対必要になる事だけは確かだ。
不安が確信に変わるのは怖いが、今は無知である方が、より恐ろしい。
「ああ。この国には……」
グレイスはそこまで言って、一旦口を閉じた。
何か思うところがあったのか、次の言葉まで少し間が空いた。
それからゆっくりと口を開き、静かに続きを告げる。
「ミリヤド帝国が管理している領土には、帝都が敷いた階級制度が適用されてんだ。だから、この小ミリヤド公国も、それに準じてるぅ」
なるほど。詳細は分からないが、今いる場所は『小ミリヤド公国』と言う場所らしい。
そして、『ミリヤド帝国』に属している国と言う事か。
ただ、双方の名前から考えると、傘下と言うよりは、直轄か属国の可能性が高いかもしれない。
「種族や生まれ、血筋によっても身分が細かく決められてっし。その階級や身分によって、就ける職業も権利も変わってくるんだよねぇ」
ふぅ……と、グレイスの口から短いため息が漏れたのは、まさに彼も影響を受けている最中の証だろうか。
──だったら尚更、聞いておいて正解だった。
「階級に身分……ですか。複雑なんですね」
そう言うものは元の世界でも存在はしたが、清寿にしてみれば、ほとんどの国で王族以外の階級は形骸化していると言う認識だ。
それに、日本に住んでいる一般人の知識は、社会の授業で習った程度がせいぜいだろう。だから、余計にピンとこない概念だ。
「そう、階級も身分も大切。一般人以下、いわゆる『身分がない』人間は、生活するにも一苦労だしなぁ」
知りたくはなかったが、直視しないといけない情報が溢れてきた。
目の前のグレイスは、随分と苦々しい顔をしている。
その表情から察するに、知識としてだけではなく、彼の中で実体験に基づいた、暗くて生々しい何かが横たわっているのかもしれない。
「一苦労、ですか……」
これ以上深掘りしても、良い事は微塵もないはずだ。
清寿だって、続きを聞くのは怖い。
けれど、例えそうであったとしても。
情報の精度を上げる作業を続けるのは、清寿の悲しいサガなのだろう。
「そ。小間使いは出来ても、1人じゃ土地も家も借りれねぇし、信用取引やら保証やらが難しいから、正式な仕事も出来ねぇんだよ」
詳しい階級区別は分からないが、上位と下位の間に大きな溝が存在し、下位と身分なしの間にはそれ以上に深くて暗い溝がある。
グレイスの言葉で、清寿はそれを理解する。
「まぁ、帝国だけじゃのうて、各所その国やら大陸毎にも、階級やら身分の違いがあるがの。ミリヤド帝国の階級身分は、こがーな感じじゃ。何に於いても、階級、身分、血筋が物を言う土地柄なんよ」
国や大陸。
セロの口から出た、その単語でこの世界の大きさを垣間見る。
「そがーに言うても、今のカンデル大陸とアマハラ三国は、ほとんど帝国の手中じゃけぇのう。基本的には、帝国の檻の中じゃ」
そしてマリィの言葉で、帝国の大きさも垣間見えた気がする。
「……そう、なんですね」
清寿が知りたくない事実をあえて深掘りしたのは、今の状況を正確に認識するため。
そして、自分の置かれている立場を判断するため。
おぼつかない思考回路での状況判断には、大きな不安があった。
だが、話しているうちに、徐々にクリアになってきたようで、情報に対する処理能力が安定してきた事に胸を撫で下ろす。
……ただ、頭が覚醒してきた事は嬉しいが、同時に嫌な確信も弾き出していた。




