第4幕 君が知らない物語。⑤
暫くして、各々椅子を抱えた昨日の3人が部屋に集まった。
「兄さん、飯が食えた様じゃのう。良かった良かった」
ブラウンアッシュの髪の彼は空のカゴを見たあと、大きな切れ長の目を細めて朗らかに笑う。
その仕草のせいか、キリッと吊り上がった眉毛も下がり、笑顔に優しい印象を覚えた。
そして、覗く白い犬歯と少し浅黒い印象の肌が、親しみやすさと人の良さを増幅させている。
「ほうじゃの。こがーなモンでも、口に入れんと力も出んけぇの」
ボブヘアの彼は、軽口を叩いてから、大口を開けてゲラゲラと笑った。
細めで切れ長の目をなお細めて愉快そうに笑う姿からは、細身の体格とは裏腹に、豪快さと少しの無頼さを感じる。
そんなやり取りをしつつ、3人は持ち込んだ椅子をガタガタと乱雑に並べて、ベッドの横に腰を下ろす。
清寿は、その光景を見ながら思考を巡らしていた。
しっかり寝たおかげだろうか、昨日よりは頭が回るようになっていて少し安堵する。
それから彼らと向かい合うように、ベッドの縁に腰かけ直した。
「改めまして、跡部清寿と申します。宜しくお願い致します」
挨拶と名乗り。そして、きっちりとしたお辞儀。
今までグダグダした態度を取ってしまった状況を、リセットする意味も込めての動作だ。
清寿の心情的に、尻の座りを更に悪くしていた一因でもある。
「おう。よろしくなぁ」
帰ってきた言葉はブレのない口調だが、そこは大した問題ではない。
相手のノリがどうであれ、ここから彼らと向かい合うための、清寿の心持ちの問題なのだ。
それから、意を決したように、言葉を続ける。
「……今更ですが、ここは何処で、貴方達は一体……。言葉もそれぞれ少し違うようですし」
聞いて良いものか悪いものか。見当はつかないけれど、素朴で根本的な疑問。
先ほどの挨拶と名乗りは、情報収集のための布石でもある。
不躾な態度では、聞ける情報も聞けなくなってしまうからだ。
「おっと? そう言や、まだ言ってなかったなぁ」
灰髪の彼は『今更気が付きました』と言う表情を浮かべ、頭をポリポリ掻きながら苦笑する。
「場所的には、エリドナの南に位置する場所。ココは、複合商会の『黄昏の方舟』ってとこだよぉ」
──なるほど。半分理解できたが、半分は謎のままだ。
その『エリドナ』とやらの場所は、ぶっ倒れた場所から近いのか遠いのか。
そこはまだ謎のまま。
ただ、ココが『黄昏の方舟』と言う商会なのは把握できた。
「んで一応、俺がリーダーのグレイス。『グレ』とか『グレイス』って呼ばれてるぅ」
灰髪の彼はグレイスと言うらしい。
「職業は……剣士というか傭兵と言うか。……まぁ、正式階級が下層だから、立場は微妙なんだよねぇ」
そうやって、少しばかり言いにくそうに、再び苦笑しながら付け加える。
頭を掻くのは、バツが悪い時の癖のようだ。
「ワシは『セロ』呼ばれとるんよ」
次に名乗ったのは、ブラウンアッシュの髪の彼。
そして、話の続きを口にする。
「ワシはの、ここからずっと西方の島国の生まれじゃ。今はこの国と同じく、帝国傘下の括りじゃが、お国訛りがあるけぇ、言葉が聞きにくいかもしれんがの」
──『今は帝国傘下の国』。不穏な情報が入ってきたな。
多分、帝国を指すのは清寿が召喚された場所。
そして彼らが会話中に『中央』と呼んでいた場所の事だろう。
そして、あえて『今は』と付ける事を鑑みると、何やらきな臭い印象を受ける。
ただ、言葉の違いに関しては、この大陸ではなく島国。しかも、過去は独立していた国と言う環境なら、別段おかしくないとも思う。
それに、元々は独立した国だと考えれば、特有のお国訛りがあるのは尚更に納得だ。
ーーまぁ、中国地方の方言っぽい言葉を聞く事になるとは思っていなかったが。
「ちなみに今の職業は、『冒険者』じゃ。……まぁ言うても、実際はフリーランスの傭兵じゃがの」
グレイス同様、言葉を濁したところを見ると、彼も何かしらの問題を抱えているかもしれない。
「ワシの名前は『マリィ』言うんよ。藩は違うが、出身はセロと同じ国じゃ」
最後はボブヘアの……『彼』で、良いのだろうか?
セロと似たような喋り言葉の件は納得できた。
そんな事より、問題は今しがた聞いた名前が女性っぽいところだ。
身長は目測で170センチあるかないかに感じた。
細身で引き締まった身体ではあるが、華奢な印象は受けなかった。
……だが、改めて考えてみれば、いささか線が細くて、顔も中性的ではある。
「職業は魔女」
──しまった。女性だったのか……
「……男性だと思っていましたが、女性でしたか。すみません」
言わなければ、謝る必要もなかったはずの言葉が、思わず零れ落ちた。
慌てた事を加味しても、清寿の頭が完全復活には程遠い証拠かもしれない。
普段の清寿では考えられない失態だ。
「いんや、ワシは男じゃ。魔女自体、割合的には女が圧倒的に多いが、男も居るんよ」
そうやって事も無げに笑うマリィに、色んな意味で驚かされる。
男なのに『魔女』とは、これ如何に。そこは流石『異世界』と言う事だろうか。
──己の常識は、他人に通用しない。
そんな言葉が、清寿の頭の中を駆け巡る。
「……ほいじゃが、そがーなモン聞くっちゅうことは、兄さんとこは魔女があんまり居らん国なんか?」
考え込むわけでも、怪訝な顔をするわけでもなく、『素朴な疑問』と言った感じで、マリィが首を傾げる。
「失礼しました。私の国では『魔女』と言えば、女性の魔法使いの認識でしたもので……」
清寿の口をついたのは、そんな言葉。
ーー違う違う、そうじゃ、そうじゃない。
それは適切な返事じゃないだろう。
居るかどうか問われたのに、『魔女』のイメージを答えてしまっている。
しかもコレでは、然も元の世界にも魔女が実在するような誤解を招く答えだ。
二重にも三重にも間違った返答である。
その事に、清寿は言い終わったあと気が付いたようで、慌てて付け加えた。
「私自身、『魔女』は空想上の存在と言う認識ですし。外国では過去に居たようですが、今は……どうでしょう?」
ーーああ、残念。やはり、清寿の頭はまだまだボケている状態らしい。
まだ前半は良いとして、後半は質問を質問で返す有り様だ。
しかも、変に論点もズレている。
「魔女は空想上の生き物か! そがーな国もあるんじゃのう!」
そんな清寿の反応に、些細な事は気にしない性格なのだろうか、気にする様子もないマリィはケラケラと笑った。
「なぁに言ってんだ。こっちだって、そう数は多くねぇだろう? 俺だって、魔女に会ったのはオメェが初めてだよぉ」
グレイスは、眉頭をキュッと寄せて、口をへの字に歪ませる。
「てかぁ、しかもこっちじゃ魔女隠してるヤツも多いじゃねぇかよ。こっちだって相手に言われなきゃ、魔女だかどうだか分かんねぇつうのぉ」
歪ませたままの口は『納得いかない』と主張している証のようだ。
「まぁ、こっちの大陸じゃ、他宗教の絡みは面倒臭いけぇの。宗教儀式が絡む魔法は尚更じゃろうて」
やれやれと言った感じでセロがサムズアップを決めた横で
「今は郷でも面倒臭いぞ? 帝国傘下じゃったら、何処でも結果は同じじゃ」
マリィはそう言いながら、不満気な表情を浮かべる。
事の重大さまでは計りかねるが、話の流れから、宗教が複数存在する事と、それに伴う宗教間、宗教儀式での問題がある事。
そして、この世界でも、魔女は珍しい事は把握できた。
なるほど。そこを加味すれば、『召喚』や『聖女』なども、然程突拍子もない話ではないのかもしれない。
「ほいで、召喚者っちゅう事は前に聞いたが、兄さん自体は何者じゃ?」
セロの質問に、清寿は内心で引き攣る。
──初歩的なミスじゃないか
慌てて姿勢を直し、口を開く。
「こちらからお尋ねしたのに、大変失礼致しました」
深く下げた頭を戻し、言葉を続けようとしたが、躊躇いが生じる。
「職業は……こちらにくる前に失ってしまいまして。……現在、無職ですね」
グレイスとセロも説明しづらそうに職業を口にしていたが、それとは別のベクトルで説明しづらい状況だった。
『無職』と言う単語は、自己紹介として口にするには、なかなかに苦行の部類だと思う。……少なくとも、清寿にとっては、かなりの苦行だったようだ。
「なんじゃ、向こうでも不運じゃったんか。正に、弱り目に祟り目じゃのう……」
渋を噛んだような表情でセロが絞り出した言葉が、不幸の輪郭をなぞる。
『無職』のインパクトは、セロに同情と気まずさを促したようだ。
「そりゃ、ご愁傷様ぁ」
グレイスにも、同様の効果を発揮したらしい。
「……まぁ、だけどさぁ、ツイてない時ってのは、往々にしてそんなもんだよなぁ」
悪い事は重なる。グレイスが言うように、確かにそうかもしれない。
ーー清寿の今が、正にソレなのだから。




