9
階段を降りると、敦也がコーヒーを淹れているところだった。ダイニングテーブルにはトーストとスクランブルエッグ、サラダが用意されている。
「綾の好みなのか?頑張る用意はあるが」
敦也の視線の先には派手な箱があった。茉莉が贈ってくれたプレゼントと、綾の荷物がリビングのソファの側に置いてある。綾が慌てて中見を確認すると、細マッチョの男性がきわどいビキニ一つでポーズを決めている写真集と、DVD、それと同じビキニ、パティー好きな外国人が好みそうな派手な新婚用の夜着、良い匂いのしそうなオイルなんかが入っていた。
「こ、これはマリカが結婚祝いに送ってくれたジョークグッズよ!」
慌てて箱の蓋を閉める綾を見ながら、敦也は楽しそうに声をたてて笑う。
こんな人だった?もっと厳しい人で、揶揄うなんてしない真面目なイメージだったけど。
綾は昔から知っている敦也の印象がだいぶ違うのに、良い意味で少し戸惑っていた。
「山根さんは?」
山根や他の使用人の姿が見えない。
「あゝ、休みを取って貰っている」
休み?今日は皆んなで一斉に休む日なのかしら?
「ふーん。敦也、料理できるんだ」
この朝食は敦也が用意してくれたのだろう。綾は胸の奥がじんわり暖かくなるのを感じた。
「まあ、一応、簡単な物なら?」
誠也と一緒だったとき、食事を用意するのも、食器を並べるのも、食洗機に皿を入れるのも綾の仕事だった。
自分の為に用意してくれたであろう朝食は、お腹は勿論のこと、綾の心も満たした。
綾の顔が自然と綻ぶ。自然と支え合う夫婦になりたい。そんな思いがここの底から湧き上がってくる。
「美味しい。後片付けは私がするね」
「時間的に余裕があるから、一緒にやろう。そうだ、これ、結婚のプレゼント」
敦也がテーブルに、リボンの掛かった白い小さな箱を置いた。綾が促されるまま箱を開けると、ブルーの革張りの箱が入っていた。それを開けると華奢なデザインの青い文字盤の腕時計が入っている。
「ありがとう」
見覚えのあるデザイン。
敦也の腕時計と同じデザインだわ。確か、限定で自分でカスタマイズできる...。
綾の目が大きく見開く。
敦也が綾の誕生日に用意したものだった。結婚を前提に付き合って欲しいと告白する為に。その前に綾が誠也と付き合ったと聞いた。プレゼントは渡せずじまいで敦也はそのまま、アメリカへ旅立ってそれっきりだった。それをこんな形で、本来への持ち主へ贈ることができた喜びに、敦也は顔がニヤけるのを必死で抑える。
「指輪はゆっくり見に行こう。好きなブランドやデザインがあれば教えてくれ」
「うん」
提案してくれる、綾の意見を尊重してくれる、自分よがりでない相手と一緒に居ることが、こんなに気持ちが穏やかに過ごせることなのか...。
「その顔は反則だな。どんな我儘でも聞いてやりたくなる」
敦也はにっこりと笑うと、コーヒーを飲み干した。




