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誠也は違和感を覚えていた。いつもなら、3時間もしないうちに、綾から謝罪のLINEが入る。だが、スマホが鳴る気配がない。
誠也は画面に目をやると、チッと舌打ちをする。
いつまで拗ねているんだ。まあ、結婚が延びたことは綾もよっぽどショックだったのだろうな。あんなに俺に惚ているんだから。
綾と一緒に行くはずだったレストランで優里亜と食事をしている。
今日開けるはずだったワインは飲まなかった。代わりに優里亜が好むシャンパンを開けた。
「ここ、来たかったんだぁ」
ホテルの最上階、夜景がよく見える窓側の席。優里亜はご機嫌で写真を撮り、料理を口に運んでいる。
酔いが回った状態で家路に着く。
少し飲み過ぎたなぁとシャワーも浴びずにベッドに入った。
眠りを妨げるように、何度もインターフォンが鳴る音がする。のそのそと起き上がり、液晶画面を除くと血相を変えた秘書の斉藤がいた。
「坊ちゃん、なぜ、会長のご自宅へ行ってないんですか!!」
ドアを開けるなり、青い顔をした斉藤が怒鳴り込んできた。
そういえば、今日は入籍をした報告を綾とお祖父様にする予定だった。
誠也は慌てて時計を見た。短い針は3を少し過ぎている。今日は誠也が子会社の社長として株主総会で信任してもらう日だ。
クソ
誠也はクッションを床に投げつけた。綾がいればこんな失態は犯さなかった。いつもは綾が前日の夜にリマインドをしてくれていた。だから、秘書の斉藤も安心し切っていた節がある。
スマホの画面には斉藤の着信が4件
綾からの連絡はない
誠也は慌ててシャワーを浴び、髭を剃り、スーツに着替えた。大遅刻とはいえ、行かない訳にはいかない。イライラしつつ、車の中で資料を読み込むが、揺れと焦り、昨日のアルコールで一切文章が頭に入って来ない。
会社に着いた頃には総会は終わり、株主達は社ビルから出てきていた。
会議室へ入ると、祖父の尊が茶を啜っている。
「社長は浅野に決まった」
そう言うと、尊はゆっくりと緩慢な動きで椅子から立ち上がり秘書と共に部屋から出て行った。
尊の侮蔑を含んだ目が誠也のプライドを抉る。
我慢ならないと、痺れを切らして綾へ電話をかければ、プツと切れる。着信拒否されている。メールやLINEをしても一向に返事は返って来ない。
誠也は手中に収めたと思っていた物が、サラサラと指の間から溢れ落ちるような感覚を覚えた。
尊は息子二人を能力がないからと言って、会社の需要ポストに付けなかった人だ。誠也の今回の人事は異例のことだ、それを不意にするなんて!と、帰りの車で斉藤が騒いでいた。
『息子や孫が会社を傾けることは認められない。だが、『美馬は竜崎に酔って生き延びた会社』だ。綾が会社を傾けるのであれば致し方ない』これは、尊の口癖だ。美馬の役員たちは耳にタコができるくらい聞かされている。
誠也は尊なりの血縁関係者への戒め、そして、『美馬』以外の者達への配慮くらいに思っていた。
尊が孫には甘い気が、いや、誠也にはだいぶ甘い。今回も大丈夫と何度も口の中で繰り返す。
母親である麗香も、『お義父様は厳しい方だから、口ではああ言ってるけど、綾と貴方を比べたら、貴方が可愛いに決まってるわ』と言っていた。
株主総会後のあの尊の冷たい視線を思い出し、少し背筋が冷たくなった。




