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敦也は父親が遺留分しか、おばあさまの遺産を貰えなかったのか不思議だった。
おばあさまが麗香さんのことを良くは思っていない事は知っていたが、誠也のことは他の孫と同等に可愛がっていたし、おじいさまと関係が拗れている父さんの事を心配していたことを知っていたから。
だが、綾の言葉で、それは仕方ないとしか思わなくなった。
おばあさまにとって綾は親友であり、恩人である人の大事な孫。おばちゃんこだった敦也は、当時の事を耳にタコができるくらい聞かされて大きくなった。
女子高等学校の寮で同室だったこと、綾の祖母が老舗の和菓子店のしきたりにかなり苦労していたこと。
バブルが弾けたときに、尊おじいさまが会社を大きくしすぎていて、子会社を売り渡しても資金繰りが追いつかず、銀行を何軒も周ったが、門前払いされ、従業員の給料すら払えないくらい切迫詰まっていたとき、綾の祖父が4億、無期限無利息で貸してくれたこと。
銀座の一等地に新店舗を出す為の準備金として、綾の祖父が貯めたお金だったそうだ。
「もう、嬉しくて、申し訳なくって、有り難くってね。涙が止まらなかったわよ。尊さんとね、抱き合って一晩中泣いたわ。絶対に絶対にこの恩に報いるって、頑張って立て直してお金を返すって二人で誓ったのよ。また、その後にもう一回、銀行の融資が間に合わず、融通して貰ったわ。もう、ね、私達にとっても、古株の役員達にとっても、竜崎は神様そのものなのよ」
当時は一家心中を何度も考えたと、おばあさまは言っていた。
敦也は誠也が、どれだけ、綾を踏み躙ってきたのか考えると怒りが抑えきれなくなりそうで、途中で考えることを放棄した。
それは綾がいない時にしよう。せっかくの花火を、一緒の時間を楽しもう。目の前の幸せを噛み締めよう。
エントランスに森本が待っていた。
森本は紗代子の執事だった。彼女亡き後は夫婦でこの別荘の管理をしてくれている。
「綾ちゃん、よく来てくれたわ。敦也坊っちゃまも立派になって」
奥からエプロンで手を拭きながら、森本夫人がにこやかに出てきた。二人が来たと聞いて、色々準備してくれていたのだろう。
「森本さん、流石にもう、坊っちゃまは止めてください」
敦也が苦笑いすると、夫人は腰に手をあて胸を張る。
「坊っちゃまが幾つになろうと、私には坊っちゃまです。坊っちゃまが小さかった頃から世話をしたのは紗代子奥様と私なんですから、私には坊っちゃまと呼ぶ権利がある筈ですよ」
母親が病に臥せてから、母親の看病と敦也の世話は紗代子と森本夫妻が行ってきた。後妻の麗香が来てからも、敦也の面倒だけは森本夫人がみてきた。紗代子の体調が優れない日が増え、森本夫人と麗香の関係が悪化してからは、浩二一家は尊名義の邸宅から追い出されるように出て紗代子からの生前贈与で家を構え、敦也はイギリスのパブリックスクールに入学した。
「敵わないな」
と、敦也が笑うと、夫人はにっこりと笑う。
「ささ、お食事はいかが致しますか?花火までは後、1時間ほどありますし、花火を見ながら、ビーチで食事もいいでしょうし、2階のバルコニーでの食事もいいわね!ああ、久しぶりに腕がなるわ!!明日は、日曜日ですし、今日は泊まりますよね?良いお肉があるの!ぜひ、召し上がって下さいね!あっ、あの赤ワインを飲んでもらいましょう。ベッドのチェックもしなきゃね」
夫人の明らかにウキウキしている雰囲気が伝わり、綾と敦也まで頬が緩む。
「ビーチで食べたいけど、お手間じゃないかしら?」
綾が敦也を見上げると、夫人は綾の言葉に目を輝かせて夫を見る。
「貴方!ビーチですって!テーブルと椅子の用意よろしくね!私は料理を始めるわ!」
敦也が返事をする前に決定され、綾は目を見開き、敦也は苦笑いを漏らした。
「森本、テーブルを出すのを手伝うよ」
「ありがとうございます」
森本氏は舞い上がって、と笑いながら敦也をテーブルがある倉庫へ案内した。
「お嬢様はいつもの2階の客室をお使い下さい。妻が服を用意しているでしょうから、シャワーでも使ってゆっくりなさってください。妻も喜びますから」




