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どれだけ我儘を訊けば満足すんだ?と、いう誠也の物言いに綾はブチギレ寸前だった。
誠也を盲目に好きだったときは、自分が悪かったと思ったが、今はちっともそうとは思えなかった。
「好きにしたら?って、言ってるじゃない。何が私を優先したらよ!今まで一度でも優先したことがあった?病気で寝込んだ私より、咳がでるってだけの優里亜さんを優先したわよね?びっくりするわ。それだけじゃない、デートに従姉妹を連れて来るなんて聞いたことがないわ。それも、私が行きたかったレストランをキャンセルして、優里亜さんが行きたかった中華街に行き先を変更したり、私が食べれないマンゴーかき氷の店へ行ったり、そうだ、婚姻届を出した後に行こう!って、言った日、半年待ちのレストランも優里亜さんと行ったのよね?」
綾の口からは、自分でも止まらないくらいツラツラと過去の出来事が溢れ出て来る。
涙も一緒に溢れそうになり、上を向いて、歯を食いしばって我慢した。
ガチャっとドアが開く。
「もう、いいだろ?綾を開放してやれ」
敦也がリビングに入って来た。
「兄さん、これは綾と俺との問題なんだ。口を挟まないまでくれ」
敦也の視線が誠也が掴んでいる綾の腕に注がれていることを知り、誠也はそっと腕から手を離す。
いつ、兄さんはアメリカから帰って来たんだ?
誠也の中に焦りが生まれる。敦也は今、社長としてお祖父様の代わりに経営の大半を担っている。決して、仲が悪いわけではないが、誠也にとって、敦也は頭の上がらない存在だった。
過去の記憶を呼び覚ましても、兄さんと綾はさほど仲良くはなかった。大丈夫。
誠也は自分に言い聞かせる。
綾の手首にはくっきりと誠也の指の跡が付いていた。それを確認した敦也が誠也を睨むと、誠也はたじろいだ。
「お祖父様との約束を忘れたのか?」
敦也の言葉に誠也は罰が悪そうに下を向き、口を継ぐんだ。
「綾を絶対に泣かせない。綾を幸せにする。そして、何より綾を優先する。できなきゃ別れる」
「でも、優里亜の体調が...」
この後に及んでも、優里亜...。誠也の心の中に誰がいるか明白だ。
「体調って、ただの貧血だろ?それも脂肪吸引と過度なダイエットの弊害、自業自得。ああ、後、マジェロの副作用もか」
嘲笑うような敦也に誠也は下を向く。
「もう充分だ。だろ?父さん」
敦也の言葉に疲れ切ったようにただ、傍観していた父親がはじめて口を開いた。
「あゝ、お祖父様が認めたんだ。そして、綾さんが婚約破棄を望んでいる。誠也のしたことは婚約破棄されても致し方ない。行きなさい」
綾はぺこりとおじきをして、敦也に引っ張られるようにして部屋を出た。
背後から、麗香のヒステリックに怒鳴る声が聞こえる。
敦也の車に乗り込むと、我慢していた涙がとめどなく溢れ、綾の頬を濡らす。
悔しくて、悔しくて、この6年間、誠也に使った時間や思いが全て踏み躙られたような気がして...もう、堪らなかった。
シートベルトを締め、ハンカチて涙を拭う。
「ねえ、海に連れてって」
この海とは美馬尊の個人別荘だ。郊外の広大な私有地にポツンと建つ海辺の美しい別荘。紗代子の為に建てられたものだ。彼女の終の住処だった場所でもある。
そして、優里亜と麗香が行きたいと切望する場所でもあった。
ここには紗代子の遺品が保管されている。麗香は紗代子が亡くなった時、それらの品が自分のものになると信じて疑わなかった。何故なら、美馬には息子しか居らず、長男の妻は亡くなっていた。その上、孫たちも、皆、男性だった。
だが、麗香の思惑とは裏腹に、それらの遺品は何一つ麗香のモノにはならなかった。
そればかりか、麗香の夫である浩二が相続した遺産は生前贈与された遺留分のみだった。麗香の落胆は凄まじいものだった。それでも、1/8は手に入ると信じていたが、実際には敦也が紗代子と尊の養子となっていた為、1/12しか手に入らなかった。土地や家屋、宝石等はなく、株と現金という思い出とは程遠い、味気ないものが渡された。
麗香が憤りを感じて弁護士へ詰め寄ったが、紗代子は遺産を全て生前贈与しており、亡くなったときは手をつけていなかった年金くらいしか紗代子名義で資産価値があるものを所有していないと言われ、黙るしかなかった。
生前贈与された金で購入したのがあの高級住宅街にあるこじんまりとした自宅、そして、手に入れた株は今、浩二が社長を務めている小さな美馬の子会社のものだ。
その子会社は浩二小さな頃から、支えてくれたメンバーが沢山居て、浩二にとって紗代子の愛情を感じられる場所ではあったが麗香は納得ができない仕打ちの一つだった。
この別荘に出入りが許されているのは、綾、敦也、そして、長男とその息子のみ。誠也もこの前までは出入りは許可されていたが、株主総会をブッチした後からは出禁となっていた。
敦也は車を走らせる。1時間ほどで私道の入り口へ着いた。警備員が敦也と綾の顔を確認して、ゲートを開けてくれる。
綾は前に誠也と優里亜と3人でこのゲートの前まで来たことを綾は思い出し、クスリと笑う。
「どうした?楽しい思い出でもあるのか?」
「どうかしら?まだ、おばあさまがご存命のときだったのだけど、誠也と優里亜さんと3人で来たことがあるの。案の定、ゲートで門前払いを食らったわ。優里亜さんがブチ切れて、私、ここで誠也の車から降ろされたのよ。警備員さんが慌てて、おばあさまに連絡をして下さって、森本さんが迎えに来てくれて、おばあさまと一緒に花火を見たって思い出」
別荘は花火を見るには良い位置にある。別荘で花火を楽しむ予定だった綾と誠也は、花火大会の渋滞と交通規制に巻き込まれて、音だけの花火を車中から楽しんだことだろう。
今思えば、機嫌の悪い誠也と優里亜に挟まれ、狭い車中で花火の音を聞きながら、渋滞に巻き込まれて身動きが取れない状況を想像すると、ここで降ろしてくれた誠也には感謝しかない。
あれも、優里亜が別荘で花火を見たい!!って駄々を捏ねたのが発端だった。
別荘には限られた人しか入れないことを伝えたけど、聞く耳を持たなかったのよね。挙句の果てには私がおばあさまを説得しないのが悪いって、誠也がブチ切れて。
今日は花火大会。
「はあ?綾を置いて行ったって?こんな不便な場所に?」
敦也は信じられないという顔をした。
私有地の前だから、行き交う車も少ないし、最寄りのバス停までもかなり距離がある。タクシーも捕まらないだろ。
警備員さんが気を利かせてくれて、森本さんが迎えに来てくれなければ、大変な目に遭っていたのは確かだ。




