【7品目】アクション
あの重そうな扉が半分開いていて、その内部の様子を露わにしていた。中は薄暗く、さらには物が散乱しており、堕落した者の自部屋を連想させるような出来だった。日常生活で目撃していたら多少の気味悪さを感じたかもしれないが、元々気味の悪い光に照らされた廊下が延々と続くこの食堂においては、幾分快適そうに見えてしまった。
「「………」」
「「………」」
仁と明日花。進都と柘姫。4人は互いに見つめ合った。そこに生まれる、一種の緊張。それが何を意味しているのかは、分かっていた。死なないでね、とは言ったものの、願望がそのまま現実と化すかというわけではない。
「……もう行った方がいい気がする」
最初に口を開いた柘姫が、3人を置いて薄暗い室内へと入った。その背中が闇に紛れた。
「……じゃあ、行ってくるよ」
そしてそれを見た進都が、ちらりと残りの2人を見て、言った。仁も明日花も見つめ返した。それだけで十分だと思いたかった。が。
「……何度も言うけど、死なないでよ」
もう一度言った。進都は瞬きを2、3度繰り返すと、やや笑んで返した。
「分かってるよ」
そうして、進都もドアの向こうの闇に姿を隠した。再びちらりと仁達に顔を向けた。ドアがゆっくりと閉じられ、重厚な音を立てた。
「………大丈夫かな」
仁が呟いた。誰にも聞こえないはずの音量だった。明日花に目をやった。
すると、明日花もこちらに顔を向けていた。
「……大丈夫……と、信じたいッスね」
聞こえていたのか?
しかし仁はそれについて何も言わなかった。明日花がまだ何か喋りそうだったからだ。
だが彼女はそれっきり口を閉ざしてしまった。そして沈黙が流れた。30秒ほどだろうか。仁も何か声を発した方が良いのではと考えた。蛍光灯の音がうるさい。
そしてとうとう仁がその考えを遂行しようと思ったまさにその時、再び明日花が口を開いた。
「あたし……思ったんス」
……? 急にどうしたのだろうか。
「最初は……反対しようって思ったんス。ジンさんの言うとおり、この計画は危ない。危険すぎるッス。でも……」
「……でも?」
「…………『やらなきゃ、先には進めない気がする』。柘姫さんのこの言葉……正しいって思ったんス。何かアクションを起こさないと、進むことはできないって」
「……」
「あ、もちろん、ジンさんの命を大切にする考え方も正しいと思うッス。むしろ、間違いなんてないッスよ」
「……そっか」
仁の顔が少し穏やかになった。
……もしかすると、仁も頭のどこか「自身」の支配の及ばない場所で、「やらなきゃ、先には進めない気がする」と考えていたのかもしれない。仁の脳の大部分を占める「自身」によって、それが自ずとかき消されていただけで。
すると。
「……何か聞こえないッスか?」
突然、明日花が言った。しかし、仁の耳に入ってきたのは、ブーン、という蛍光灯の音ばかりだった。
「え? いや、このブーンって音は蛍光灯……」
「それ以外ッス。何かこう……靴みたいな音が……」
そこで、仁はより耳に全神経を集中させてみた。すると確かに、カツ、カツ、カツ、と小気味良い音が、微かではあるが聞こえてきた。
首を回し、互いに顔を見合わせた。
「逃げよう!」
仁がそう言い、明日花に背を向けて扉から急いで離れようとしたその時、背中が引っ張られた。
「ちょっと待ってほしいッス」
「なん───」
「今こっちに来ている誰か……あたし達と同じ人間なら問題ないッスけど……もし″職員″だとしたら逃げても意味ないッス」
「えろ…いや、だって、明日花さんさっき───」
「たしかに逃げるつもりだって言ったッス。でも、よくよく考えてみると、あたし達がここから離れようが扉の中に隠れようが、あたし達を見つけられなかった″職員″は自分の意思で扉の中に入るか廊下を曲がるか決めるッス。まあこれはあいつらの思考回路があたし達と同じだった時に限るんスけど……とにかく、分かったッスか? ここで待って″職員″が来たら逃げるっていうのは、直後のあいつらの行動に大して影響を与えないんス。それだったら、万が一今来てるやつがこの扉の中に入ったときに中の2人を守るために扉の内側にいたほうが、利点は大きいッス」
ここまで一息で言い切ると、大きく息を吸って、明日花が仁の腕を引っ張った。そしてそのまま、扉の中へと踏み込んだ。
中はひどく散らかっていて、至る所に茶色の段ボール箱やプラスチックの袋が散乱していた。それも、足の踏み場がないほどに。入口のすぐ前はどうやら壁になっているようだ。右を向くと、ギリギリ人が通れるような隙間がある。プラスチックの袋をよく見てみると……。
………
……あれ?
さっきこんなに明るかったっけ?
進都と柘姫が消えていった時の扉の向こうは、少し先しか見えないほど薄暗かったはずだ。しかし今は積み上がった段ボール箱の小さな″ナマモノ″の文字さえ読めてしまうほどに明るい。
「進都さん達が電気つけてくれたんスかね……? いや、でもそんなことは……だってそんなことしたら……」
明日花が呟いたその瞬間。
「あれ~? 誰か来た~?」
跳ねた。
奥の方から、いやしかし目の前で喋っているような音量で、声が飛んできた。柘姫のものでも、当然進都のものでもなかった。
「これで全員かな~? いや~しかし多いね~、わたし合わせて6人だもんね~」
……6人? 仁達とこの声の主を合わせても5人しか……と思うと、正面の段ボール箱の山の中、茶髪の少年が口に指を当てていた。目が血走っている。こちらを見ても敵対しないのは……自分達と同じ環境下だからだからか? とすると……仲間……?
だとすると……あの声の主も……仲間、か? あの″職員″がこんな喋り方するなら元々怖かったものがある意味さらに怖くなるが……
仁はとりあえず、姿を確認するために足を進めた。「あ、行っちゃだめッス!」と明日花が発していたが、不幸にも仁には届いていなかった。入口から右に曲がると少し進んだ先で段ボール箱に阻まれたが、そのさらに左に道ができている。ここを左に曲がればきっと声の主がわかるはずだ。
しかし仁はそこで気がつき、足を止めた。もしあの声の主が仲間なら、この目の前の少年はこんなにも必死に「静かに」のジェスチャーをしてくるだろうか───
「ドッカ~ン!」
仁の鼻を、空気が掠めた。
何が……起きた?
首をめちゃくちゃに回しあたりを見渡すも、目の前を通過した「何か」を見つけることはできなかった。
「え~外しちゃった~! イサの包丁、当たったと思ったのに~!」
陰湿な空気に場違いな明るい声が遠くから飛んでくる。仁はそこで、自身から見て左側をのぞき込んでみた。頭を出しすぎないように。
……驚くことに、姿は人間そのものだった。白い服、白い帽子───まるで高級レストランのシェフのような格好をしている。そして───手には包丁を持っている。それも、左手に4本、右手に───
「もう一発! ドッカ~ン!」
慌てて顔を引っ込めた。今度ははっきりと見えた。仁のすぐそばの段ボール箱が、一瞬にして破壊された。残骸と思える紙くずが、宙を舞った。
「大丈夫! 苦しまないように処理してあげるからね~!」
この人は誰だ? なんで自分達を殺そうとしてるんだ? いや、何より……進都と柘姫は、どうなったんだ?
何もかも分からなかった。なのに、足が震えていることだけは分かった。




