【6品目】ふざけないでくれ
質感の良いテーブルと椅子。食器棚。そして相変わらず窓のない構図。家具のわずかなズレはあれど、その部屋は進都と会った部屋と何ら変わりないように思えた。間違い探しで出題されても正しく間違いを指摘できる自信がない。
仁と進都は、その椅子に足を進め、腰を下ろした。長いこと歩いていたからか、座った途端に足が痛み出した。一方で明日花は、今度はドアの反対側の壁にもたれかかるようにして座り込んでいた。柘姫は宣言通り、部屋の入口からあの扉のあった方向をじっと見ている。顔は仁には見えなかったが、きっと今も機械のような表情をしているはずだ。
「ふう。疲れた……」
進都が元気のない声で呟く隣で、仁は1人、思いを巡らせていた。
もちろん、ここにいる自分以外の3人は、全員仲間だ。それを否定するつもりはない。ただ───仁はどうしても、あの奇妙な少女───柘姫のことを好きになれなかった。確かに、何か行動を起こさないと先に進めないというのは正しいかもしれない。しかしその確証───あの扉の中に脱出のための手がかりが存在するという確証があるわけでもなく、ただ「そんな気がする」というだけで、他の3人を巻き込む。無論、1人で成し遂げようと思ってはいたが、現実的に難しいため協力を求めた、という捉え方もできる。しかしこの行動には命がかかっている。小学生が共同で自由研究をするのとはわけが違う。失敗すれば、「次から気をつける」では済まないのだ。仮に成功したとしても、誰かが死んで、かつ扉の中に何もないことが判明するだけなら、同上である。
にも関わらず、進都は比較的早く「行く」ことを決めた。正直驚いた。初めて出会った部屋であんなに怯えていた(少なくとも仁はそう思った)のに、こうも早く決断できるとは。確かに、明日花に説得された時は、どこか吹っ切れたような表情を見せていたが。
隣の進都を見る。椅子の背もたれに完全に体重を預け、どこかをぼんやりと見ていた。視線を追うと、正面の壁の、茶色く大きな染みに辿り着いた。
───いいんだ、仁さん。ぼくは……生きててもしょうがない。
唐突に、この言葉を思い出した。数秒遅れて、進都の固まった表情が頭に浮かんだ。
「……進都くん」
仁はそんな進都に声をかけた。ばっ、とすぐに進都がこちらへ目を向けてきた。
「どうしたの?」
「言ってたよね……ここに来る前は、5人で行動してたって」
進都の顔が急激に曇った。曇りはすぐに緩和されたが。
「……うん」
「何か……あったの?」
「うん。1人やられて……」
「それはさっき聞いたよ」
そして、仁は立ち上がり、進都の前へと歩いた。仁がもともと座っていた椅子が倒れて、ガタン、と音を鳴らした。進都はその音には目もやらず、仁を見上げている。
「ちゃんと答えてほしい。さっきなんで、『生きててもしょうがない』なんて言ったのか。進都くんは、ここで死んでもいいと思ってるの?」
視界の隅に明日花の顔が映った。次いで、「え? どしたッスか?」という声が聞こえてくる。
「明日花さん……」
「先に答えてくれ」
明日花の方を向いた進都を仁が制止する。進都は怯えが若干混じった顔で、再び仁を見た。
「……それは……」
「………」
「……………答えられないよ」
「は?」
「……答えられないけど、ぼくは、死んでもいい」
「……ふざけないでくれ!」
大声が、室内にひどく反響した。
柘姫が一瞬だけ仁達の方を向いたのが分かった。進都も、明日花も、そして少しして仁自身も目を見開いた。咄嗟に口を押さえた。そして今度は幾分小さな声で言った。
「……ごめん」
「……気をつけてくださいッスよ」
冷静になってみて初めて思った。そういえば、なぜ自分は、こうも他人の「生死」についてむきになってしまうのだろう、と。当然、進都の身を案じているのもある。しかし今の進都との会話(会話になっているのかは怪しかったが)は、どちらかというと仁自身の本能的な部分で話している節があった。熱い茶が入ったコップに手を触れて、思わず手を引っ込めるように、反射的に声を荒げていた。
「……進都くん、ごめん。確かに、触れられたくないところって……あるよね。僕が悪かった」
「ううん。ぼくの方もごめん。答えられなくて」
「……まあ、多分、誰も死なないッスよ……そう考えた方が良いッス」
明日花はそう言って、元いた壁へと戻っていった。明日花は最初、「死者を出さない」ために部屋を出たのだ。しかし今は、死者を出すかもしれない作戦に反対していないのはおかしいかもしれない。
しかし仁はそのことについては深く考えなかった。代わりに自分の手のひらを見つめる。握りこぶしを作ってみる。また開く。それを2、3回繰り返す。苦々しい何かを、口の中に感じた。
すると。
「……今行く方がいい気がする」
部屋の入口から、柘姫が3人に言った。分かりづらいが、今、誰かが入ったということだろうか?
仁は立ち上がった。後の2人も腰を上げる。
そうだ。今は、この作戦が成功すると信じるしかない。いや、成功する。大丈夫だ。
進都を見る。明日花を見る。
大丈夫だ。きっと、誰一人欠けない。いや、言い過ぎたらフラグになってしまう。よし、まだこんな場違いなことを考えられるのなら、余裕は十分ある。
「進都くん……」
「何?」
「死んでもいいのは構わない……あ、いや、そんなわけないけど……とにかく、死なないでよ」
少しの間を経た後、進都はゆっくりと微笑んだ。
「もちろん」
廊下に出た。あの扉が半開きになっていて、扉自身の内側が見えた。
4人はそれに向かって、駆けた。




