【5品目】侵入作戦
「……やっぱり開かないッスね」
鍵穴に奮闘する進都を見守りながら明日花が呟いた。すぐ隣の柘姫も同様に、じっと進都を見ている。目つきが「見守る」という表現が正しくないと思えるほど無機質だったが。
やがて扉の方に集中していた進都が振り向き、3人に顔が向けられた。お手上げ、といった感じで、両手を上に上げた。無理もない。住宅の玄関の鍵とさほど変わらない大きさの鍵穴には、仁のステーキナイフの先端と、進都が同じく最初の部屋の食器棚から持ってきたフォークだけであった。特にステーキナイフは鍵穴に入れた瞬間、薄さも相まって折れそうだったからか、すぐにやめていた。
自分達の声以外は何一つ目だった音が響かない廊下。それがかえって、仁の身体を芯から震えさせる要因となっていた。右側へ逃げられるとはいえ、いつ背後に″職員″が現れるか分からないということは、仁に大きな不安感を抱かせていた。
それに、尾行者。
一体誰がつけているのだろう。自分達の前に現れないということは、同じような境遇の者ではないのだろうか。しかし捕まえようとしないから、″職員″側でもないのかもしれない。いやそもそも、柘姫の話が本当かどうかすら分からないのだ。極度の緊張で、見えもしないものが見えた可能性もあった。それに、いくら人間離れした雰囲気を醸し出しているとはいえ、予知能力を持っているわけじゃあるまいし。そう思い込むことにしても、やはりどうしても頭から離れてくれない。蝿が羽ばたくような蛍光灯の音と共に、仁の脳を刺激し続けていた。
「あたし達だけじゃどうしようもないみたいッスね……」
進都を見かねて、明日花が口を開いた。よく考えてみれば、鍵穴に入る針金で家のドアを開けることさえ常人にはできないことなのだから、ナイフやフォークで開けられる可能性はほぼゼロといっても良かった。
「やっぱり鍵じゃないと開かないよ……」
その進都も音を上げた。仁には、体格に恵まれているはずの彼がひどく疲弊しているように感じられた。そして言った。
「どうすればいいんだろう……」
その呟きに対して、ちゃんとした答えを返すことはできなかった。鍵がないのであれば、このいかにも重そうな扉を開けることは叶わないだろう。
仁は代わりに口を開いた。
「やっぱり、ここは諦めた方が……」
その時。
「方法はある気がする」
仁の発言を遮る言葉が発せられた。
この扉の中に入ることを主張した張本人である柘姫だった。残りの3人が、一斉に彼女の方を向いた。
「えっ……どうやって?」
進都が訊いた。明日花も、この台詞を喋っている進都と同じような顔をしている。
「まず、あっちの部屋」
柘姫は扉の右側に伸びる廊下を指さした。見ると、20メートルほどの廊下の間に、木のドアやそれに準ずる隙間が点在していた。
「3人はあそこに隠れる。そして、残った1人はあのドアを観察する。それで、誰かがあそこを開けたら、後をつけて中に入る」
「はっ?」
思わず声を漏らした。柘姫と進都が仁の方向を向いた。それで仁は自らの口を押さえた。しかし口は閉じずに、続けた。
「いや……危なすぎるよ! それで″職員″に見つかったらどうするの!? 最悪、死ぬかもしれないのに……」
しかし柘姫は、やはり表情1つ変えずに、答えてみせた。
「危ない気はする。でも、これをやらなきゃ、先には進めない気がする」
「『気がする』だけじゃ命を賭けていい理由には……!」
「ぼくは」
すると、仁と柘姫の口論の中、進都が開口した。
「ぼくは、行ってみたい」
「え……進都くん! なんで……」
「……逃げたくないんだ」
「え? それは……」
しかしそこで仁は気がついた。
進都の顔が、固くなっている。
「……いいんだ、仁さん。ぼくは……生きててもしょうがない」
「え……意味が……」
しかし仁の言葉はそれ以上続かなかった。進都のそれに気圧されてしまったのだ。
「……でも、全員行くのはリスクが高すぎるッスよ。行くなら、1人……いや、それだと襲われたときに中で何が起きたのか分からなくなるから……2人ッス。行くなら、2人で行ってほしいッス」
「じゃあ、ぼくと柘姫さんが行くよ」
進都が言った。柘姫も頷く。
こうなったら、考えはもう変わらないだろう。
「……じゃあ、後の2人……僕と明日花さんは、扉のすぐ近くにいる。何かあったときにすぐ駆けつけられるように」
「……あとそれと」
すると明日花が、何か思い出したように付け足した。
「柘姫さん達が扉の中に入ってる時に″職員″が来たら、あたしとジンさんは逃げるッス。帰って来られるようになるべく逃げた道は覚えるつもりッスけど、戻ってこなかった時は……頑張ってください、ッス」
これにも、柘姫は頷いた。そして言った。
「……じゃあ、誰か来るまで、あの部屋で待った方がいい気がする。部屋の入口からこの扉に誰か来るか見ておく」
「気がする……? ……あ、うん、分かったよ」
「了解ッス」
「………」
そして仁達4人は、少し離れた部屋へと向かった。仁は最後尾を歩いていた。
危険。無茶。尾行者。
足取りが重い。胸騒ぎがする。
仁は顔を上げた。3人の背中が見える。一見、何ともないように見える。
作戦が終わった後に、またこの背中を見ることはできるのだろうか。
そんなことを考えて……必死に、祈っていた。




