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殺人鬼食堂  作者: 高瀬凪
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21/25

【21品目】不安感




明日花《あすか》は未だに顔を火照らして汗をかいていたけれど、それでもバリケードを組み立てる前よりかは幾分かましになったように見えた。柘《つ》姫《き》の努力もあってか出血もようやく止まったようで、明日花の脚を流れた血の跡がなぞっていた。食堂のくせに水もないので、洗うこともできない。やはりあの厨房をもっと探しておいた方が良かったか。

「大丈夫…?」

「平気ッスよ…良くなってきてるッスから」

仁《じん》に対してもこう答えている。やけに声を張っていた。しかし元気があるかと言われると、はっきり言って首を振るしかない。そんな状況だった。

「Really...?」

「Yeah, m-my spirits are high(うん、心は元気だから)」

ミカエルにもそう返していたが、僅かに声が震えているのに、仁は気がついた。明日花の滑らかな英語に小さな淀みが見えた。

「……とにかく、まずはここで籠城する。そして回復次第移動……それが良い気がする」

異論は無かった。というより、それ以外に最善手になりそうな行動がなかった。ここにずっと留まっていれば、見つかったときに逃げ場がない。かといってここを出るにはまだ明日花の体調が悪すぎる。逆に言えば、明日花が元気になれば、すぐにでもここを出る、ということだ。

「そうッスね……ここを出たら、この鍵が使える場所が、他にもあるかもしれない……」

明日花が寝転がったまま、半ズボンの左横あたりを手でかき回した。そして、チャラ、という金属質の音とともに、あの厨房で手に入れた鍵束を取り出した。いつの間に柘姫から明日花の手に渡っていたんだろうか。歪んだ光が、鍵の先端に反射された。

「……これ……誰か……」

明日花は続いて、仁の方に頭を倒した。鍵束を持った左手も、仁の方に挙げた。

「ジンさん……持っててくれないッスか?」

「えっ……あ、うん、いいけど……なんで?」

明日花がそうした理由は、少し考えれば容易に理解できるものだったかもしれない。そして、ぴんときていなかった仁も、その行為という大きな塊が少しずつ融解し、中の理由という核が露わになっていくのが分かった。融解とともに、仁の顔も不安げになっていった。

「……そういうことか」

「……あたしは今こんな状況なんで……いつやられるか……分からないっス。だから……」

「……でもそんなこと」

仁はそこで止めた。自分の声が、部屋一面に反響を催していることに気がついたのだ。慌てて振り向き、2人を見る。柘姫がこちらに気がつき、頷いた。ミカエルはずっと自分、いや……後ろの明日花を見ている。

仁はもう一度明日花の方に顔をやり、言った。今度は声を絞って。

「……そんなこと言っちゃだめだ。そんな……後ろ向きなこと……」

言いながら、仁も薄々と刻みこまれつつあった。厨房で会った″職員″。あれだけの力を持つものと戦っても、勝利は絶望的だ。逃げられなかったら終わる。

改めて明日花に目をやる。熱のせいか疲れのせいか目の輝きはほとんど失われ、頬を紅潮させている。逃げられるかといわれたら───。

追い打ちをかけるように、明日花が続ける。

「……ジンさん……分かってるッスよね? ……もう、いつ、誰がいなくなっても、おかしくないッスから……」

それはもう、分(・)か(・)り(・)き(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)は(・)ず(・)のことだった。突然仲間が消えても、ありえないなんて言ってはいられないのだ。仁は、″職員″の前に力なく倒れ込む進《しん》都《と》の姿を思い出していた。

だが次に彼が言った言葉は、そんな自らの心情と相反するものだった。

「……それでも、だめなんだ。それでも……」

言葉は続けられなかった。紡がれることなく、そこでほつれてしまった。

その時だった。

沈黙が漂った空間の中に、突如として、コンコンコン、という、キツツキが幹を穿つそれに似た音が聞こえてきた。

「Wait...do you hear something?」

先に反応したのはミカエルだった。同時に入口のバリケード群に顔を向ける。

机や椅子が変わらず静置されている入口は、まだその形を保っていた。待ってみても、それが変化する様子はない。

「……気のせい?」

「いや、確かに聞こえたような気がする」

ざわめき始めた時、もう一度、鳴った。

今度は、ゴンゴンゴン、と、かなりの音量が響き渡った。部屋全体を揺らしているような、そんな力だった。

そして、見た。その直後に、一番上に積んであった椅子が、斜面を転がるビー玉のようにバリケードの上を転がり落ち、1とその半分の回転をなした後、ガララン、と派手な音を立てて落ちるのを。

それが合図だった。次の瞬間、猛烈な音と共に、入口のドアが突き破られた。バリケードが派手に吹っ飛ばされ、向かいの壁に次々と激突し、いくつもの傷を作った。

そこにあったのは、大きな身体で、陰鬱な色の服、そして帽子を着用した、まさに″職員″だった。赤く光った目が、4人を見下ろしていた。

仁の顔に、本物のの恐怖が刻み込まれた。

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