【14品目】3人
″職員″が蹴り上げたゴミは部屋の奥にまで追いやられており、新しいゴミ山さえ作られている程だった。仁の靴が、カツ、カツという床を叩く音から、ぐしゃ、ぐしゃり、というプラスチックを潰す音へと変化した。小さな生物を踏み潰しているようで、気味が悪かった。
2人は折り重なるようにしてうつ伏せに倒れていた。明日花がまず床に倒れていて、その上に柘姫が、さらにその上からいくつものゴミがのしかかっている。微動だにしておらず、見ているだけで不安な気持ちになった。
仁は一瞬だけ迷った後、まず柘姫の身体を揺さぶった。女の人の身体に触るのはおそらく初めてだったので、少し手が震えた。衣服を通して、柘姫の体温が伝わってくる。死んではいないとわかり、力が抜けていった。
「ん……」
すると、その長く美しい髪が揺れた。そして数十秒ほど経ってから、ゆっくりと身体が起こされた。彼女の上に積もっていたゴミが落ち、軽い音を立てた。目を擦っていたその一瞬だけ、彼女の感情が見えたような気がした。
「……仁くん」
柘姫の口が開いた。何気に彼女に名前を呼ばれるのも初めてな気がする。そのせいか、少しどもっていた。
「……けがは?」
「……どこにもない気がする」
仁はそれだけ確認すると、すぐさま足下の明日花を起こしにかかった。身を屈ませ、彼女の身体に触れようとした───その時、気がついた。
明日花の左脚、ステーキナイフが刺さった箇所に巻かれた布が、赤く染まっていた。幸いにもその赤が広がっていくことはなかったが、それでも、仁の心臓はきゅっと締め付けられた。
明日花は自分を助けたがために、この傷を負った。逆に言えば、彼女のおかげで、自分は無傷で済んだ。
彼女は、けがを負ってしまった。……自分が油断していたがために。
仁はすっと手を伸ばすと、明日花の身体を同じように揺さぶった。柘姫と違い、数回揺すっても起きなかった。仁の頭に、再び不安がよぎった。焦って、さらに強く手を動かした。顔が見えそうなほど強く。
そこでようやく、彼女の右腕がぴくりと動いた。そこからはすぐだった。柘姫と同じように、ゆっくりと立ち上がった。
「……あれ……おとうさん? なんで?」
仁や柘姫ではないどこかを見て、明日花は呟いた。寝ぼけに似た何かを感じているらしい。
「……明日花さん」
「あれ? ……あ……ジンさん……」
声をかけるとくるりと振り向き、すぐに仁の知っている明日花へと変わった。
「申し訳ないッス……どうやら気がおかしくなってたみたいで……」
「いや、それは……大丈夫だよ」
そして、続けた。
「……ごめん」
「えっ? なんでジンさんが……」
「僕がもう少し気をつけていれば、明日花さんがけがなんてすることなかったのに」
明日花はその言葉を受けて、しばらく仁をぼーっと見つめていたが、やがて少し笑みを浮かべて、こう返した。
「……こんなけが、何ともないッスよ。現に今こうして立っていられる。つまり何の支障もない。これでいいじゃないッスか」
「でも……」
「あたしは、ジンさんがそれで死んでしまう方が、仲間が死んでしまう方が、よほど辛いッスよ。その痛みに比べれば、こんなけが……」
明日花の声がだんだんと薄れていった。いや、仁の脳がその処理を諦めたと言った方が良いかもしれない。
腹がきりきりと痛んだ。常につばを飲み込んでいないと、嘔吐してしまいそうだ。
すると、仁の苦しみをくみ取ったのか、それともただの偶然なのか、柘姫が口を開いた。
「……進都くんが、いない気がする」
その一言で、明日花も凍り付いたのが分かった。
「あ……確かに……」
そして仁の方を向いた。
「ジンさん……何か知らないッスか?」
それには返さず、苦々しい表情を浮かべる仁。「わからない」とも「知らない」とも言わずに、うつむいた。
途端、明日花の表情に焦燥が出てきた。
「……え……まさか……」
そこでようやく、仁は頷いた。
ただ1人、時が止まっているようだった。口を開いたまま、瞬きもしないで、仁を見ていた。いや、見ていなかったのかもしれない。何も。それくらい、動揺が見て取れた。
反対に、その後ろに立つ柘姫は、表情の変化を一切見せなかった。ただ目を少しばかり閉じた後、「……そう」と呟いただけだった。それが、時間の静止を切り裂く。
「……探した方がいい気がする」
仁が次に少年のことを話そうとした時、柘姫が続けた。
「……柘姫さん?」
「早くしないとあいつが返ってくる。そんな気がする」
「……」
仁はそれで顔を歪めた。おそらく明日花も同じだった……と思う。……。
「……そうッスね。本来、ここに、先に進むための手がかりを探しに来たんスから。……」
柘姫の方に身体を向け、明日花が同調した。その一瞬、仁の方を振り向いた。何とも言えない、ひどく哀しみのこもった表情だった。こんな説明では足りないほどの。
それで、開きはじめていた仁の口が再び閉ざされた。
「……うん。そうしよう。ここに誰かが来ないうちに」
言うべき言葉を訂正して、今度こそ口を開いた。
どこかで進都が、あの少年が、自分を見ている。睨んでいる。仁は、そんな気がしてならなかった。




