【11品目】蘇る(前編)
「明日花さん! 柘姫さん!」
息をついたのも束の間、すぐにそんな暇はないと思い立ち、すぐに、後ろで座り込んでいた2人に駆け寄った。激しい呼吸が湿った空気を通り、耳に入る。
「大丈夫? けがしてない?」
その過呼吸を行い、ゴミの中に座っていた明日花の方は、彼が声をかけても上の空だった。イサを倒しても一切顔を緩ませることなく、じっと倒れ込むイサを凝視している。
「……どこもけがしてない気がする」
一方の柘姫は、相変わらずの口調で仁に返した。表情もいつも通り、何も感じ取ることができないものだった。
この2人はとりあえず無事だった。後は……
「柘姫さん、進都君は……どこに隠れてるの?」
イサの発言から存在が分かっていたものの、その姿どころか声すら確認できていない進都が、ひたすらに心配だった。
だが。
「おーい!」
空間の奥、元々イサが立っていた場所あたりから、別の声が聞こえてきた。それは、もう聞き慣れていた声だった。
「進都君!」
「ごめん、隠れてばかりで……」
大柄な身体つきをした進都が、ゴミの中から出てきていた。比較的低くて横に長いゴミ山に、寝そべって隠れていたようだ。イサがどこを掘っていたのかは分からなかったが、そのゴミ山は、未だゴミ「山」としての形を保っている。
「いや、大丈夫だよ。それより……何があったのか教えてほしい」
仁が訊くと、進都は一呼吸挟んで、言った。
「……うん。まず、ぼくと柘姫さんが、イサって人を追って中に入った。そしたらあの調理台? みたいなところで、棚を開けて調理道具を並べ始めたから、2人で隠れてそれを見てたんだ」
進都が振り返ったのに合わせ、仁も空間の奥に目を向けた。なるほど確かにワニ一頭載せてもまだスペースがありそうな広い調理台の上に、まな板やらフライパンやらが佇み、何ともいえない存在感を放っていた。その器具達と調理台自身がやけに光沢を放っていて、周囲の光景と不和を作り出していた。
「そしたら急に振り返って、隠れてないで出ておいでって言ってきて、包丁をたくさん持ってぼくたちの場所を突き止めようとしたんだ。そこに2人が来た」
そこまで言って、進都は仁とそうでない方向を交互に見た。視線につられて振り返ると、明日花と目が合った。もう呼吸は元通りになっていた。再び進都に目を戻すと、彼は一歩前に出て来ていた。
「……2人とも、本当にありがとう。2人がいなければ、ぼくたちは死んでた」
そして、深々と頭を下げた。視界の隅で、柘姫も小さく頭を垂れていた。
「……無事であるだけ良かったッス」
完全に落ち着いた明日花がこう答えた一方、仁はここで、少し黙り込んだ。
とにかく、良かった。もちろん全員生存していたことに対してもそうだが、何より、進都が生きていた。
───ぼくは……生きててもしょうがない。
あの言葉が、嘘のように思えてきた。進都は隠れていたのだ。自殺行為をしようとも、捨て身の攻撃を行おうともしなかった。
結局、あれは「納得させるため」だった。
仁はそう考え、その自身の仮説に納得した。
そして3人の姿を見ようとし───思い出した。明日花のすぐ後ろにあるゴミ山。まるでそこだけが写真に置き換わっているかのように、ピタリと静止している。しかし、実際は。
「……そういや、あの人って誰?」
イサを見つける前に、ゴミ山の中から必死に静かにするように要求してきた、あの少年のことを思い浮かべ、言った。同じ空間にいた以上、進都達が何か知っている可能性は高いが、先程の話に出てこなかったということは……。
しかし。
「……あの人?」
予想外と言うべきか、それとも予想通りと言うべきかは分からなかったが、とにかく、進都はそんな人知らないといった様相で返した。さらにその隣で、柘姫が首を横に振るのも見えた。
しかし、心のどこかで「予想外」に当てはまっていたのか、思わず漏れ出るるように、仁の口から言葉が発された。
「知らなかったの?」
「……知らない……」
仁はそれに対して何も言わずに、明日花の横を通り過ぎ、その少年が隠れているはずのゴミ山に近づいた。進都と柘姫……それと明日花にも場所を示そうとしたのだ。明日花はその少年を見ていないはずだった。
その時。
「危ないっ!!」
背後からつんざくような声がぶつかってきた。そして次の瞬間には、仁の身体は宙に浮いていた。何かに巻き付かれ、次いでゴミに背中を打ち付けた。段ボールが緩衝材となったものの、背中のあちこちに痛みを感じた。しかし感じている場合ではなかったことを知ることになる。
「っ、何だ何だ!?」
背中を押さえながら慌てて起き上がる仁。そこで、彼の目に、とんでもないものが入ってきた。
「っ………」
明日花がいた。どうやら明日花が、仁を抱くようにして押し倒したようだった。一体なぜ、と思ったが、すぐに分かった。
明日花の左脚、膝の上あたりに、ステーキナイフが深々と刺さっていた。仁が投げた、あのナイフだった。
「明日花さん!!」
「左! 左を見るッス!!」
言われるがままに左を向く。
仁の目が見開かれた。
立っていた。生きていた。
調理服の腹から下を真っ赤に染め、ゴミ山が崩れて出現した壁にもたれかかり、しかし目を血走らせてこちらを見ている少女───イサが。
手には包丁を持っている。赤く染まった、包丁を。先程まで自らに刺さっていた、包丁を。




