第49話 2回目の水族館
星城院さんとの交際という、完璧な計画の完遂。
それは俺こと「画地野真地」という人間の高校生活において、最大のプロジェクトの成功を意味していた。
「これ、ウリクラゲですね。綺麗……」
俺と星城院さんは、初デートに来ている。
場所は、以前に黒豹との下見を済ませておいた、あの水族館だ。
今回は抜かりはない。
特別展の期間についても調査しているし、下見の時みたいな失態は繰り返すことはないだろう。
「ええ。体の表面にある櫛板が、光の反射によって虹色に輝くんです。これは発光ではなく光の回折によるものなんです」
我ながら完全な解説だ。
俺が事前に組んだ完璧なタイムスケジュールに沿って、無駄なく効率的に水槽を回りつつ知的な会話を挟んでいく。
まさに理想のデートといえよう。
「すごいです。画地野君って、博識なんですね」
そう答えた星城院さんの笑顔は、青い水槽の光に照らされたことで神々しさが加わり、女神そのものに見える。
彼女としての受け答えも完璧。そして雰囲気も完璧。
全てが俺の計算通りに進行している。
「いえ、そんな。ほんと、クラゲってパリピみたいですよね」
「…………パリピ!? ふふっ、画地野君もおもしろいことを言うんですね」
「え、あ……いや、これは、その……」
ぐあっ……しまった。
違う……これは黒豹の影響を受けたわけじゃなくてだな。
俺独自の見解を持って分析した結果、そう導き出された言葉なのだ。
決して、頭の中に下見で黒豹ときた時の『記憶』が焼き付いているわけじゃない。
『見て見て。あっちにパリピいるよ』
おい、焼き付いてるぞぉぉ!
クラゲの水槽を見ると、あの日の黒豹の楽しそうに笑う姿がフラッシュバックしてしまうんだが!
クソっ……星城院さんの隣に、黒豹の影が重なって見える。
「まるで、誰かさんみたいです」
「誰かさん? そ、それは……一体?」
「フフっ、内緒です……」
もしや……星城院さんの知り合いにも、黒豹みたいな、ノリで生きてるような方がいるのか。
俺が黒豹との生活で培ったパリピ対策を、順序よく具体的かつ丁寧にアドバイスするべきだろうか。
と、真剣に考えていたのだが、黒豹の幻影はその後もお構いなしに現れ続けた。
群れから離れたペンギンを見れば『ガッチーペンギンだ!』と楽しそうな幻聴が聞こえてしまう。
――俺はペンギンじゃないし、クラゲはパリピじゃない。
大水槽の前に座れば、隣で水槽を見上げながら足をプラプラせていた黒豹が――青い光に照らされたアイツを……
不覚にも綺麗だと思ってしまった時の、黒豹の姿がどうしても現れてしまう。
まてまて、今俺は……黒豹のことを綺麗だと思ったのか?
綺麗なのは星城院さんだろ。
黒豹みたいな黒ギャルは俺の理想とは程遠いはずだが?
そうだ。あれは……光の演出による一時的な混乱にすぎない。
錯覚の一種だ。そのはずだ。
なのに、なんだこれは……
俺は……一体……どうした。
しっかりしろ、俺!
ずっと憧れていた星城院さんと、一緒にデートに来たんだぞ。
俺が求めてやまなかった『理想の彼女』が、すぐ隣で微笑んでくれているというのに。
なぜだ……
理想と正反対で、騒がしくて適当で非論理的な黒ギャルの姿が……俺の視界に割り込んでくるのを、どうしても止められない。
さっきから視界のほぼ半分を、黒豹の残像が占拠し続けている。
「くっ…………」
落ち着け。黒豹の残像を振り払え。
ああ、ここで両手をブンブン出来たらいいのだが……今やったら星城院さんから確実に狂人扱いされてしまうし。
早く意識を星城院さんとのデートに集中させないと。
「あの……画地野くん?」
「えっ? あ、はい」
「どうしたんですか? なんだか……少し、上の空みたいですけど」
ほら見ろ。星城院さんが不審に思っているぞ。
「ずっと説明してくれてましたし、少し疲れたんじゃないですか?」
――いや、実はそうじゃないんです。
困ったぞ……俺がおかしな幻と戦っているせいで、星城院さんに余計な心配をさせている。
「いえ……すみません。少し、情報が多すぎてですね。脳の処理が追いついていないといいますか」
「情報が多い……ですか?」
ぬわっ……また意味不明なことを言ってしまった。
星城院さんが顎に指を当てて、小首を傾げている。
「いや、こっちの話です。ホント、今日はとても楽しいですね!」
「ふふ。また色々考えてるんですね。でも無理はしないでくださいね」
よし、星城院さんは優しく微笑んでくれた。
気分は損ねてないようだな……危なかった。
安心したのも束の間。
それからも黒豹の幻影が消えることはなく、俺は幻と戦い続けるハメになった。
◆
デートを終えて帰宅した俺を待っていたのは、真っ暗な部屋だった。
「……黒豹?」
声をかけても、当然のように返事はない。
当然だ。真っ暗なんだから、誰もいないに決まっている。
だが、なぜ俺はアイツの名前を呼んだ。
そうか。これは防犯上の合理的な行動なんだ。
帰宅時に声を出すことで不審者の有無を確認しただけ。そういうことだろう。




