第46話 好感度の蓄積
「えっ? あ、すみません!」
「どうしました? ボーッとしてましたけど、少し疲れましたか? 今日はこの辺りで終わりにした方がいいかも知れませんね」
星城院さんが心配そうに覗き込んでくる。
いかん。余計なことを考えていた。
「いえ、大丈夫です。少し考え事をしていて……」
「そうですか。画地野くんって、常に頭を使っているですね。やっぱり、すごいです。でも、あんまり無理しないでくださいね」
穏やかな声。
優しい気遣い。
天使の表情。
どう考えても最高の女性だ。
それなのに……俺は他の女子の事を考えていた?
ずっと憧れていた星城院さんと、二人きりで勉強しているんだぞ。
ここで『はあ!?』とキレてくる、あの黒ギャルの姿を幻視している場合じゃないだろ。
◆
「あれ、黒豹。今日は早かったな」
アパートに帰ると、黒豹が寝転がりながら雑誌を読んでいた。
「んー? あー、今日はなんか予定なくなっちゃってさ。おかえりー」
「まあ、そういう日もあるか」
「そーいうこと〜」
黒豹は雑誌を置くと、笑って問いかけてきた。
「で、最近どうなの? 星城院ちゃんの攻略の方は」
「攻略というより、やっているのはただの勉強会だけどな。……まあ、いい感じだと思うが」
「そっかそっか、よかったじゃん!」
黒豹は嬉しそうにそう言うと、また雑誌を読みはじめた。
最近は黒豹がいるこの光景も、見ることが少なくなって来ている。
不思議なことなんだが……あの「いつもの調子」がリビングに帰ってきたような気がして、妙な安らぎのようなものを感じている自分がいる。
俺はカバンをしまうため、部屋に向かおうとしたが……
「な、なんだ。どうした?」
黒豹が雑誌を置いて、急に俺の近くまで寄ってきたのだ。
「……ガッチーさ、なんかいい匂いしない?」
「いい匂いだと?」
よくわからんが、そうなのか?
俺は自分の制服をクンクンしてみた。
うーん。特に何も感じないが……
「なんだろ。フローラル系の……すっごく女の子っぽい匂いがする」
女子っぽい匂い……だと?
――そうか。
さっきまで図書室で星城院さんと勉強をしていたからだ。
わからないところを教える時に、星城院さんは俺のノートを覗き込むようにしていた。
その時に彼女の香りが、俺の服に移ってしまったのだろう。
「多分……星城院さんの香りじゃないか? さっきまでとなりで勉強を教えていたからな」
「…………」
なんだ、急に固まってどうした?
「黒豹……?」
俺が聞いても返事が帰ってこない。
急に声が出なくなったのか?
「お、おい黒豹。大丈夫か?」
「う、ううん、なんでもない! そうだよね、星城院ちゃんかー。ラブラブじゃん! ガッチー、やるぅー!」
黒豹は4.87秒ほど硬直していたが、思い出したように動き始めた。
もしかして、寝不足か?
それはフラフラと言うんだぞ?
「ラブラブじゃないだろ。付き合ってるわけでもないし。ただ勉強を教えていただけだ」
「ふーん? まあいいや。アタシお風呂入ってくるね~」
黒豹は俺に背を向けて、脱衣所へと歩いていく。
ったく、なにが「ラブラブ」だ。人を茶化すなっての。
自分だって「いい感じの人ができた」と言っていたんだから、そっちこそ「ラブラブ」なんじゃないのか?
――ん?
よく分からんが、胸のあたりがモヤモヤする様な……
なんだろうか、この感情は?
◆
「そろそろ、告白を考えてるんだが。練習に付き合ってくれないか?」
休日の夜。
こたつでスマホをいじっていた黒豹に、俺はそう切り出した。
おそらくだが……謎のモヤモヤとした気持ちは、現状を打破できないジレンマから来ているはず。
このモヤモヤを払拭するには、星城院さん攻略計画を完了させるしかない。
つまり、星城院さんと正式に付き合うのだ。
俺たちの『契約』の最大目的を達成すれば、このおかしな感情も消え去るに違いない。
「え? ……マジで?」
黒豹がスマホから顔を上げ、目をぱちくりとさせた。
「ああ。俺の計算上、時期としては最適だ。バレンタインのチョコだってもらった。好感度の蓄積具合を見ても——」
「いや、好感度の蓄積ってなによw 恋愛ゲーかっつーの!」
「まあ落ち着け。俺にとっては、プロジェクトの最終フェーズなんだ」
「まあ、いーけどさ。もう星城院ちゃんに告るとか……さすがに早くない?」
「大丈夫だ。そろそろベストタイミングのはずだからな」
「よく分からないけど、すごい自信なのがウケるwww」
「まあ良いから、手伝ってくれ」
「しょーがないなぁ。ガッチ―は」
黒豹は立ち上がると、俺に向かい合った。




