第43話 グルグルする
3学期が始まると、予想外の形で状況が動き出した。
「画地野くん。少しいいですか?」
放課後の教室で帰り支度をしていると、星城院さんに話しかけられたのだ。
これは新しい発見だ。
憧れの人に突然話しかけられると、人は動けなくなるものらしい。
「あの……今度の中間テストの範囲で、どうしてもわからないところがあるんです。画地野くんさえよければ、教えてもらえませんか……?」
なんだと?
信じられない事が起きたんだが……
俺が天使と崇める星城院さんからの、まさかの「勉強を教えてほしい」というお誘い。
だが、これはチャンスだ。
なにせ、勉強は俺の最も得意とする分野だ。
俺の学年トップクラスの学力があれば、間違いなく彼女の役に立てるだろう。
だが、星城院さんはそもそもの学力が高い。要求レベルは黒豹と違うことを頭に入れて置かなければならない。
「ええ、もちろんです。俺でよければ」
「本当ですか? よかった……。じゃあ、明日の放課後、図書室とかどうですか?」
「分かりました。スケジュールを、空けておきます」
「ありがとうございます。ふふ、前から画地野くんってすごいなって思ってたんです」
何だこれは……夢か?
いま「すごい」と褒められたんだが。
星城院さんが、俺を褒めて下さったぞおおお。
これまで俺と黒豹がやってきた地道な努力――図書室での作戦、数々のデート下見。
その全てがついに、ここにきて実を結び始めたってことだ。
帰宅後、俺はすぐにこのことを黒豹に報告した。
「おい、黒豹! き、聞いてくれ。星城院さんから、明日の放課後。勉強会に誘われたんだが!」
黒豹は俺の恋愛コンサルだ。
星城院さん絡みの事は逐一報告してアドバイスをもらう必要がある。
彼女を落とすことは、俺たちの最大目標でもあるからな。
「……マジで? 星城院ちゃんから?」
「ああ。中間テストの範囲を教えてほしいそうだ」
「おー! やったじゃんガッチー! ついにアタシの根回しが効いてきたかっ!」
黒豹は両手をパンと合わせてニヤりとした。
「お前の……根回し?」
「ったり前じゃん。星城院ちゃんのグループの子たちにどれだけ吹き込んでおいたことか『画地野くんってガリ勉っぽく見えるけど、実はめっちゃ教えるの上手いんだよー』ってさ。ついに星城院ちゃんが動き出したんだね」
黒豹……お前、そこまで裏でアシストしてくれていたのか。
正直、感謝しかない。
「そうか……ありがとな。やっぱり黒豹はすごいな」
「いーよいーよ。それよりさ、明日はちゃんと決めなよ? 頭ポンポンとかしちゃえば?」
「そんな無礼なこと出来るわけないだろ!」
「えー、アタシだったら嬉しいけど……」
なんでお前で例えるんだよ。
相手は星城院さんだってのに。
「だとしても、天使相手にボディタッチなんて無理だろ。俺がコミュ力0なのを忘れたか?」
「たしかにそうかも。ガッチーって、アタシとしかまともに話せないもんね~」
「まあな……」
「でも良かったじゃん。がんばりなよ!」
「そうだな」
コンサルである黒豹が、ココまでお膳立てしてくれたのだ。
その努力を無駄にしないためにも、俺は出来る限りのことをしないといけない。
明日は星城院さんとの勉強会だ。
自室に戻った俺は、明日の「完璧な解説」のための予習に取り掛かかった。
だが、入念に準備をしておかなければいけないというのに、集中できなかった。
……様子がおかしいのだ。
いつもなら、夕食後はリビングで黒豹が騒いでいるはずなのだが。
恋愛ドラマにツッコミを入れながらお菓子を食べ、スマホの通知音を派手に鳴らしながらくつろいでいる、そんな時間のはず。
それなのに今日は、リビングから一切の音がしない。
気味が悪いくらいに、異常なほど静かだ。
黒豹は、自分の部屋に籠もっているのだろうか?
◆
翌朝。
朝食を食べていると、目の前でパンをかじっていた黒豹が口を開いた。
「アタシ。最近ちょっといい感じの人いてさ~」
「いい感じの人……?」
あーもしかして、初詣の時に電話してきた相手か?
よく分からんが「いい感じの人」という単語が頭の中をグルグルする。
「そ。だから、帰りがちょっと遅くなる日もあると思うんだよね~。あ、もちろん勉強の時間までには帰るから大丈夫!」
「そうか。勉強をやるなら特に問題はないだろう。気をつけろよ」
つい口から出てしまった「気をつけろよ」という言葉。
黒豹が変な男に引っかかるんじゃないか、とでも心配してるのだろうか。




