第38話 今日だけだぞ
まずは米を研ぐ。
シャカシャカとリズムよく研いで水を捨てる。それを4回繰り返すのが俺のやり方だ。
そして「おかゆ」のラインまで水を入れて炊飯器にセットした。
黒豹は朝食を要らないと言ったが、さすがに昼食は食べた方がいい。
そうなると、病人には「おかゆ」と相場が決まっているのだ。
黒豹とは契約関係だが、俺たちは同居人。黒豹が体調を崩したら面倒を見る、というのは論理的に考えても正しいことだ。
あの調子じゃ勉強もできないわけだし。そうなると契約にも支障が出てしまう。
アイツには早く元気になってもらう必要がある。
炊き上がりまでは、静かなリビングで本を読んでいた。
炊飯が終了したら、塩と卵を割り入れれば「玉子おかゆ」の完成だ。軽く青のりも散らしておくと見栄えがいい。
俺は出来上がったおかゆをお盆に乗せて、黒豹の部屋に持っていった。
「黒豹、昼飯だ。食えるか?」
「お昼……ご飯?」
「そうだ。少しでいいから食べたほうがいいぞ」
「んぅ……おかゆ……?」
まだ具合が悪いのか、黒豹の目はトロンとしていて覇気がない。
「ああ、普通に炊いた方が良かったか?」
「ううん。ありがとう。これ……ガッチーが作ったの?」
「まあな。といっても炊飯器にセットしたらほぼ完成だけどな」
黒豹がじっと茶碗を見た。それからゆっくり体を起こした。
「ねえ……ガッチー。食べさせて」
「はあ!? なんだと……!?」
いつもなら断るところだが、今日の黒豹は病人だ。珍しく弱っている……ぐぬぬ。
少しくらいなら、面倒を見てやってもいいか……
「仕方ない奴だな。今日だけだぞ?」
「ありがと……」
俺はおかゆをすくい、フーフーしてやって黒豹の口元にスプーンを運んだ。
「ほら、あーん」
「………………」
なんだよ、どうした?
せっかく食べさせようとしてるのに、なに固まってんだよ?
「毒なんて入ってないぞ。ほら食べろ」
「はずかしい……」
「はぁ、なんだ? 聞こえんぞ?」
「ううん。なんでもない」
よく分からんが、緊張しているような雰囲気だな。
それに、朝より顔が赤いような。
「どうした、熱が上がったか? 顔が赤いぞ」
「う、うん……そ、そうかも」
「じゃ、食べて元気になれ。ほら、食べろって」
「え? あ……うん」
黒豹はおかゆをひとくち食べると、表情も少し緩んだようだった。
「……おいしい」
「だろ。食べて、寝て、早く元気になってくれよ」
なぜか黒豹がフフと笑った。熱のせいか、いつもより力が抜けた笑い方だった。
「ガッチーってさ……もしかして看病とか、慣れてるの?」
「いや、したことないな。お前が初めてだ」
「じゃあ……アタシで看病童貞、卒業だね」
「なんじゃそれ?」
コイツ、調子悪い時まで俺を弄って遊ぶつもりか。
いや、冷静に考えろ。
今回は童貞を卒業したんだ。
つまり「めでたいこと」なのかもしれんぞ?
「まあいい。ほら、もっと食え」
どうでもいい思考に飲まれそうになる前に、黒豹におかゆをもうひとくち食べさせた。
「……アタシね、ちゃんと看病してもらったの初めてかも。家じゃ熱出ても、誰も来てくれなかったからさ」
「………………」
黒豹の家庭環境を考えたら……そうか、そうなるよな。
「だから、アタシも……看病処女喪失かも」
「やっぱりお前、熱があるな」
「どういう意味よ、それ?」
「端的に言うと、いつものキレがないってことだ!」
「仕方ないじゃん。風邪引いてんだから……」
「そんなムスっとするなって」
俺たちは顔を見合わせて少し笑った。
笑えるなら、大丈夫そうだな。
◆
それから数日が経ち、今年も残すところ数時間となった。つまり大晦日の夜だ。
俺たちは年末年始も、このアパートで過ごす予定だ。
親父の実家に行く予定もないし、黒豹もあの母親の元に帰る気はさらさらないらしい。
もし帰ると言っても、俺が止めるだろうがな。
というわけで、俺たちはこたつに入って並んでテレビを見ていた。
もちろん見ているのは、黒豹が大好きな「恋愛もの」だ。
俺はいまだに「恋愛もの」の良さがわからないが、これもコンサルの一環。
乙女心を理解する修行と割り切って、我慢せねばな。
今回は実写のドラマや映画ではなく、アニメだった。だがアニメとは言え、やることは実写とさほど変わらないようだった。
相変わらずの意味不明な遠回りに、若干のファンタジーが加わった雰囲気と言えばいいのか。
年末特番などは黒豹にとって、たいして興味がわかないものらしい。
たしかに特番などは、芸能人たちが大はしゃぎしているだけで、何が面白いのかさっぱりわからない。そこは黒豹に同意だ。
だが、俺にとっては黒豹が大好きな「恋愛アニメ」も似たようなものだったりする。
「……ねえ、ガッチー」
コンソメ味のポテチを食べていた黒豹が、口を開いた。
視線はそのままテレビに固定されているが、声のトーンがいつもより一段低い気がする。
「なんだ?」
「ガッチーってさ、童貞じゃん?」
「ああ……」
なんだ? 大みそかまで童貞いじりか?
俺とガチの戦争でもする気か?




