第31話 このドブカスがぁぁぁ!
黒豹のことを『アゲハ』って呼んでいるってことは……知り合いか。
茶髪で背の高い男がニヤつきながらこっちに歩いてくる。
……誰だコイツ。アホそうな奴だな。
俺が横を見ると、黒豹の様子が変わっていた。
さっきまでの上機嫌が嘘みたいに、表情が強張っているのが分かった。
「……カズト?」
「おー、やっぱアゲハだ。元気してるか? 最近ぜんぜん連絡くんないからさー、寂しかったんだけど」
馴れ馴れしく黒豹に近づいてくる男。
黒豹は半歩下がり、俺の後ろに隠れるような形になった。
……なんだ、この反応は。いつもの黒豹らしくない。
「あれ、そっちの人だれ? 新しい彼氏?」
「違う……同居してる人」
「同居? そっか、今度はその人に世話になってるのか。アゲハって相変わらずだよな。まだ男を取っ替え引っ替えしてんのか」
「別にそういうんじゃないし……」
「いいじゃんべつに。お前エッチ得意だしな。俺も久しぶりにご奉仕してもらいたいぜ」
男のゲスい発言にも黒豹は何も言い返さない。
なんでコイツ……言い返さないんだ?
いつもなら「うるさい」とか「キモっ」とか容赦なく返してくるくせに。黙って下を向いている。
「てかさ、これから暇? 久しぶりに俺もかまってくれよ。最近ご無沙汰だし」
男が黒豹の腕に手を伸ばした。
「……やめて」
黒豹が震える声で小さく言った。
俺の知っている黒豹はどこいった?
教室で元気に騒いでいる時のあの声量はどこへ消えた?
俺に遠慮なく言い放つあの態度はどうしたんだよ?
「……おい」
俺の口が勝手に開いていた。おまけに手も伸びてしまっていた。
「その手を離せ……」
「は? なに? やっぱり彼氏なわけ?」
「いや、ただのクラスメートだ」
「クラスメート? じゃあ関係ねえだろ。引っ込んでろよ」
「クラスメートだが……関係はある。彼女は俺の大切な存在だ」
隣で黒豹が「え……」と小さく声を漏らした。
黒豹を掴むのをやめて、男が鼻で笑う。
「はぁ? こんなビッチを大切にしてどうするんだ? マジウケるんだけど。なあアゲハ、お前もこいつになんか言ってやれ——」
「それ以上黒豹を侮辱するなぁぁぁぁ!!」
「なんだよ急に……侮辱って言うけど事実だろ。こいつすぐヤラしてくれんじゃん——」
「事実かどうかは今の話に関係ない。今すぐ黒豹に謝罪しろ」
「はあ? なんで謝んなきゃならねえの?」
なんだとこのドブカスがぁぁぁ!
「今の状況を整理してやる。お前は公衆の面前で、特定の個人の性的なプライバシーを暴露し、人格を貶めている。これは名誉毀損に該当する可能性が高い。刑法第230条『公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役もしくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する』罪になるんだ。知ってたか?」
「は……はあ? なに言ってんだこいつ。気持わりいな」
「さらに、先ほどお前は黒豹が明確に拒否しているにもかかわらず無理やり腕を掴んだ。暴行罪の構成要件を満たし得る。つまり刑法第208条に該当する。ちなみにこの通りには防犯カメラが設置されている。俺のスマホでも録音できるが、どうする? 続けるか?」
男の顔から笑いが消えた。
「もうひとつ言っておく」
俺は一歩前に出た。
「お前は彼女を『男を取っ替え引っ替え』していると言ったな。だが俺の知っている黒豹アゲハはそんなことは一切していない。むしろ嫌なことから逃げずに努力し、きっちり結果を出せる尊敬できる奴だ。お前のようなどこの馬の骨かもわからん奴に軽口を叩かれていい奴じゃない!」
「な……てめえ……」
「反論するなら論理的に頼む。それができないなら消えてくれ。お前と話していると脳の制御効率が著しく下がる」
「何だとこの野郎、つけあがってんじゃねえ、ぶっ殺すぞぉ!」




