第30話 俺たちは恋人じゃない
「おいっ、牛タン食わねぇのかよ!」
「わかってないなぁガッチーは。まずはカルビっしょ!」
なんじゃそのドヤ顔。
おまえが牛タン食べたいっていうから、わざわざスタンダードコースにしたんだぞ……
「何のためにスタンダートコースにしたのかかわからん……」
「あはは、大丈夫。これ『上カルビ』だから。スタンダートじゃないと食べられないやつだよ!」
「そうなのか?」
なるほど。たしかにお手軽コースは「ファミリーカルビ」みたいなペラペラの肉しか頼めないようだ。
この厚めに切られた「上カルビ」はスタンダードコースからしか注文出来ない品というわけか。
「そうか……なんか釈然としないが、じゃあいいか」
「そうそう、いーじゃん。アタシのお祝いなんだし、固いこと言わないの!」
そうだな。
黒豹が楽しそうならそれで良いか。
到着したカルビを網の上にのせるとジュウ〜っと油の焼ける良い音が聞こえてくる。
肉の焼ける香ばしい匂いも最高で、食欲をそそる。
めちゃめちゃ美味そうだな……と思っていると黒豹が「いただきまーす」とパクリと食べた。
途端に、ほっぺたが落ちそうなくらい幸せな顔になってニマニマしている。
よほど美味いみたいだな。
「ふわぁ~……このカルビ、マジで美味しいよ! ガッチーも食べてみなって!」
「どれ……食べてみるか」
俺もカルビを食べてみたが……美味いっ!
焼き肉ってこんなに美味かったか?
この甘辛いタレか?
それとも肉の甘さか?
はたまた成長期の体が肉を求めているからか?
よくわからないけど、とにかく美味い!
はっ!? その前に言っておくことがある。
「黒豹、赤点は回避出来たが気を抜くなよ。最終目的は留年回避なんだからな」
「分かってるって。でもガッチ―がちゃんと面倒見てくれるんでしょ?」
「まあな。とはいえ、頑張るのは黒豹だけどな」
「ガッチー先生、今後ともよろしくお願いします」
「おう。しかし、この肉は美味いな!」
「でしょ? もっと頼んどくね!」
そう言いながら黒豹は笑顔でタッチパネルを操作し始めた。
「おい、もう頼むな! いくら食べ放題とはいえ、俺たちは2人しかいないんだぞ!」
もう既に10皿分のカルビがあるのだ。これ以上はやめてくれ。
「あはは、ごめんごめん。でもさ、アタシこんなに美味しい焼肉食べたの久しぶりかも」
「俺も……久しぶりだな」
黒豹は肉を頬張りながら楽しそうに笑っている。
もうこの光景に慣れてしまったが、少し前まではずっと1人で飯を食ってたんだよな。
目の前でニコニコ笑っている黒ギャル。俺には縁のない生き物だと思っていたのに。
まさか一緒に焼肉屋に来て、取り合って、文句を言い合う仲になるなんてな……
こんなの……完全にデートの空気だろ。
客観的に見れば、俺たちは明らかに恋人に見えるかも知れない。
だが、俺たちは恋人じゃない。ただの……契約上のパートナーだ。
……なのに、なんで。
なんで、こんなに楽しいんだ?
「なあ黒豹。期末テストで赤点なしってことは、このまま行けば進級できるかもしれんぞ」
「え、マジ? やったー!」
「で、3年になったとして。卒業したらどうするんだ。前はキャバ嬢とか言ってたが、ホントはなりたいものがあるんだろ?」
黒豹の箸が、一瞬だけ止まった。
「うーん…………内緒……」
「内緒?」
「そっ。内緒♡」
「そうか……」
黒豹は少しだけ寂しそうだったが、でも前とは明らかに違う顔をしていた。
前は「キャバ嬢でいいし」と投げやりだった。
それが今は「内緒」になった。
彼女の中で、何かが変わったのかもしれない。
「……まあ、気が向いたら教えろよ。俺もアシストくらいはしてやれるから」
「…………ありがと、ガッチー」
ヤケに小さな声だな。
いつもの黒豹らしくないぞ?
俺は特に気にせず、大量のカルビ消化すべく網にのせ続けた。
◆
「いっぱい食べた〜!」
「お前は一気に頼みすぎだ!」
焼肉屋を出た俺たちはアーケード街を抜け、家に向かって歩いていた。
俺の隣では、腹がいっぱいで機嫌のいい黒豹が「しばらく肉は食べたくないなぁ」とかほざいている。
……そんなに食うなよ、と叫びたい。
――と思っていた時だった。
「おー、アゲハじゃん。久しぶりー」
1人の男が話しかけてきた。




