第27話 俺の精一杯
もやもやしているうちに、気がついたら放課後だった。
俺は今日一日、勉強の中身が全く頭に入ってこなかった。全然授業に集中できなかったからだ。
教科書の文字も、黒板の内容も先生の声すらも……これっぽっちも頭に入ってこない。
なんだこれは……?
ダメだ。このままじゃ効率が悪すぎる。
原因はわかりきっている。黒豹のことが頭から離れないせいだ。
昨晩のあの顔。「……そっか。うん、そうだよね」という、そっけない声。
静かに閉まったドアの音が何度もリフレインする。
俺は……多分。何かを間違ったのだ。その何かは分からない。
事実を言っただけ。契約は契約だ。それ以上でもそれ以下でもない。
だが……俺が言った「ただのクラスメート」という言葉。黒豹はそこに引っ掛かっていた。
一緒に住んで、一緒に飯を食って、毎晩勉強を教えている相手を「ただのクラスメート」と言い切ったことに引っ掛かっていた。
……確かに、正確な表現じゃないな。素っ気なさ過ぎたかも知れない。
でも……他になんて言えばいいんだ。
コミュ力の不足してる俺には正解が分からない。こんな時こそ黒豹の意見が聞きたいのに、話すことも出来ない。
あの時「同居人」って言えばよかったのか? いや、もっとまずそうだ。じゃあ「契約上のパートナー」か? うーん、それじゃ大して変わらな気がする。
1人で唸りながら帰り支度を整えて教室を出ると、廊下の窓から校庭が見えた。
校門の近くに、目立つ黒ギャル――つまり黒豹がいた。
友達と笑いながら、帰ろうとしている。
俺はとっさに階段を駆け下りていた。よくわからないけど足が勝手に動いていた。
全力で走ったからか、校門を出たところで黒豹に追いついた。
「黒豹っ!!」
黒豹が振り返った。友達も一緒に振り返る。
叫びすぎたかもしれない……
「……なに?」
どうしてそんなに素っ気ないんだよ……
だが、黒豹は止まってくれた。俺を見てくれた。
「すこし、話がある……」
「アタシは……別にないけど…………」
「少しでいい……頼む……」
黒豹は俺の顔をじっと見て何も言わない。
数秒間の沈黙がとても長く感じる。
友達が「え、なになに?」とざわついている。だが、そんなことはどうでもいい。
すると黒豹が小さくため息をついた。
「……しょうがないなー。少しなら聞いてあげる」
黒豹は友達に「ごめん、先帰ってて」と手を振って、俺の方に歩いてきた。
「で、なんの用?」
「……今からファミレスでも行かないか?」
「はぁ? なんで?」
「デートコースの……調査をしようと思ってな。黒豹の、女子としての意見が欲しい」
本当は違う。とっさに思いついた苦しい言い逃れだ。
我ながらひどいクオリティの言い訳だった。
「はあ……真面目くんさ」
「なんだ……」
「ちょっと不器用すぎない?」
「まあ、自覚はある」
「…………ぷっ」
黒豹が、ほんの少しだけ笑った。
いつもの爆笑じゃない。小さな、でも本物の笑い。
「しゃーないな~行ってあげるよ。そのかわりアタシが好きなところでいいよね?」
「……ああ、もちろんだ」
俺たちは並んで歩き出した。
何を話すでもなく、黙って歩く。
結局……俺は言葉には出来なかった。
『ただのクラスメートなんて嘘だ』
『ごめん』
情けないことに、そのどちらかですら言えなかった。
でも、こうして隣を歩いている。歩いてくれている。
黒豹を追いかけて、飯に誘った――それが俺の精一杯だった。
「ねえ、真面目くん……」
「ん? なんだ」
「ファミレスで、何食べるつもり?」
「……メニュー見てから決める。特に考えてない」
「珍しいじゃん。いつもガチガチに調査して決めてるのに」
よく分からんが、黒豹が笑った!!
しかも今度はちゃんと目が笑っている。楽しそうに笑っている。
「今日はノープランだからな」
「いーじゃん。そういうの……」
結局俺たちは、ファミレスでもいつも通りくだらない話をして笑ったり、しょーもないことで言い合ったりした。
黒豹は目玉焼きハンバーグにオムライスという富裕層しかしないような注文をして、俺はドリンクバーで元を取ろうと何杯もおかわりをした。
特別なことは何もなかった。でも……それでいい。
しばらくの間、俺は星城院さんのことをまったく考えていなかったことに、ファミレスを出ても気づいていなかった。




