第17話 毒親VS論破王
顔面蒼白の黒豹が、震える手でスマホを差し出した。
俺はスマホを受け取り、耳にあてる。
「突然失礼します。アゲハさんのクラスメートの画地野真地と申します」
電話の向こう一瞬静かになった。だが、すぐに棘のある声が返ってくる。
『……クラスメートが何? あなたは関係ないでしょ?』
「アゲハさんは俺の大切な友達です。関係なくありません!」
負けじと俺も反論すると、隣にいた黒豹が目を大きく開いた。
すまん。
とりあえず、今だけは『友達』ってことにしておいてくれ。
「……確認させていただきたいことがあります。今問題になっているのはアゲハさんの養育費の件ですよね?」
『そうよ。だからなに?』
「お父様からの養育費がアゲハさんの口座に直接振り込まれたことについて、そんなにも不満ですか?」
『当たり前でしょ? あれは私が貰うお金なのよ!』
この人、ただ金が欲しいだけか。
黒豹は……娘のことはどうでも良いのか?
「いいですか? 養育費というのは、子どもの生活・教育・医療のために支払われるものです。離婚後にどちらが親権を持つかにかかわらず、養育費はあくまでお子さんのためのお金です。お母様の為のお金ではありません」
『なっ…………でも私が管理した方がいいに決まっているわ』
「お母さんの口座で受け取って管理するか、直接アゲハさんに渡るかは、運用上の問題に過ぎません」
『でも、あの子はまだ未成年なのよ!』
だからなんだ?
その未成年を放り出したのはお前だろ?
「アゲハさんは現在、お母様とは別の場所で生活されています。生活のためにアゲハさんの口座に直接振り込まれるのは、むしろ合理的であると言えます」
『そんなことないわ! あのお金は私に振り込むって約束なのよ!』
さっきから金のことばかりだな。娘の心配なんてこれっぽっちも無しか。
ふざけるのも……いい加減にしろっ!
「アゲハさんの養育費は……お母様が新しいパートナーの方とイチャイチャするための資金ではありませんっ!」
『……………』
黒豹の親だからと思って遠慮していたが、もう容赦しねぇぞ……
「もうひとつ確認なのですが。アゲハさんは現在お母さんの元を離れていますね。にもかかわらず、親権者であるお母様はアゲハさんの現状を把握されていないですよね。法律上、未成年のお子さんを保護する義務は親権者にあります。むしろ、お母様ご自身もアゲハさんに対して養育義務を果たしているか、改めて確認された方がよろしいかと思いますが。養育義務を果たせないのであれば、お母様もアゲハさんに養育費をお支払いする必要があるかと」
『そ……そんなこと、あなたみたいな子どもに……言われたくないわよ!』
「これは調べれば中学生でも分かる話です。それに、このように感情的な連絡を繰り返すことは、アゲハさんへの精神的な嫌がらせと受取ります。悪意ある嫌がらせを継続的に行うのであれば、こちらもしかるべき法的手段を取らせて頂きますが?」
『なっ…………』
「今後、アゲハさんへこの様なご連絡はおやめ頂けますね?」
『…………』
こんな毒親と関わらせたらダメだ。黒豹の将来が狂ってしまう。
「沈黙は同意と受け取ります。ご理解ありがとうございます。では……失礼します」
俺は相手の返答を待たずに、そのまま通話を切った。
これだけ言ったんだ。もう2度と電話が来ることはないだろう。
「……ほらよ」
スマホを黒豹に返した。
黒豹は驚いた様な顔で、しばらく何も言わなかった。
「あの……真面目くん……」
あっ……黒豹の顔を見て気がついた。
しまった。やり過ぎた……と。
「ああ……悪い。つい」
俺は少し間を置いてから言った。
「お前の親に対して……言い過ぎちまった。その……悪かったな」
黒豹は、ゆっくりと首を横に振った。
「ううん。ママには……言いたいことがうまく言えなかったから……」
いつもの大きな声じゃなかった。
「でも、真面目くんが……アタシの言いたいこと、全部言ってくれた……」
「そっか。言い過ぎたかと心配したんだが……」
「ありがとう。真面目くん……」
「気にするな。これも契約のうちだ」
こんなの契約にないが、そういうことにしておこう。
「真面目くん……台本なくてもスラスラ話せるんだね」
「星城院さん相手じゃなければな」
「アハハっ、真面目くんらしいね……」
それだけ言って、黒豹は笑った。
俺もつられて少し笑った。
◆
夜。ふと目が覚めた。
時計を見ると、深夜2時過ぎだった。
トイレに行こうとリビングを通ると、ソファの上に人影があるのに気がついた。
「……ん、うぅん」
どうやら黒豹がソファで寝落ちしているらしい。
「おい、またかよ……」
毛布もかけず横になっているからか、寒そうに小さくなっている。
「……アホか?」
そのまま寝たら風邪をひくだろ。
俺は少し迷ってから、自室に戻って毛布を持ってきた。
小さくなって眠っている黒豹にそっとかけてやる。
「ったく……何回目だっての。手間かけさせやがって」
風邪なんかひかれたら看病が大変だろうが。それに、勉強だって遅れてしまう。
黒豹は留年がかかってるから、風邪なんかひいてる場合じゃないのだ。
「……しかし、学校では騒がしいくせに、寝てる時は静かだな」
耳をすますと寝息が小さく聞こえる。
「…………」
毛布を掛けたからか、黒豹は少しもぞもぞしている。
「幸せそうな顔で寝てるな……」
毛布にくるまっている姿がイモムシみたいだ。
あんなことがあった後だが……ま、大丈夫そうだな。
……じゃあ、俺も寝るか。
俺はトイレを済ませて自室に戻った。




