第11話 スーパー家庭教師
「…………」
「…………どう?」
「全科目赤点ギリギリか完全にアウト。やはり数学が壊滅的だな」
「えへへ」
「えへへ、じゃねえよ。留年するぞ」
俺は数学の答案を開いた。
計算で全滅。方程式も全滅。関数に至っては白紙。
「お前……因数分解ってわかるか?」
「因数分解? なにそれ。美味しいの?」
「…………」
「だいたいさ、アルファベットと数字が混ざってんの意味わかんなくない? なんで急に『エックス』『ワイ』とか出てきちゃうわけ?」
「……高校生だよな、お前?」
「当たり前じゃん、高校生に見えるでしょ」
なに「うっふ~ん」とかやってんだよ。
うぉい! 胸を寄せるな!
目が吸い寄せられるだろうがっ!
「まったく、これでどうやって入学したんだ」
「その時は……かろうじて出来てたからかな?」
「…………」
黒豹の学力レベルは想像を超えていた。
中学の範囲からやり直さないと、高校の数学なんか到底理解できないだろう。
だが、やることは明確になった。
いちいち文句を言っても始まらない。
教え方を黒豹に合わせて変えればいい。
「とりあえずこの式を見てみろ」
俺はノートに適当な二次方程式を書いた。
「いつも思うんだけどさ~。これなんで、わざわざ2つのカッコで括るの? めんどくさくしてるだけでしょ! カッコいらなくない!?」
「いや、カッコは必要だ。それよりこれはゲームだと思え」
「ゲーム?」
「こんなのはな、数字探しゲームと同じなんだよ」
「でも難しいんだけど……」
「試しにやってみろ。かけて6、足して5になる数字はなんだ?」
「えっと……2と3?」
「正解だ。それを2つのカッコの中に入れれば終わりだ」
「えっ……それだけ!?」
「そうだ。単純だろ?」
「すごいね……真面目くん」
「そうでもない。こんなのは序の口だ」
「あの質問なんだけど……じゃあ分数の割り算って何で増えちゃうの?」
「なんだと……中学、いや小学生の範囲だぞっ!?」
「う……うん。ちょ~っと、ど忘れしちゃって」
「例えば、2÷1/2は、2×2で4だ。ケーキで考えろ。ケーキ2切れを半分ずつに切ったら、何個になる?」
「……4個?」
「そうだ。割ったのに増えるんだ。でもおかしくないだろ? 切れば切るほど数は増える。そういうものだ」
「うそ……真面目くん、すごくない?」
「まあ、厳密にはもうちょい複雑だけど、イメージとしてはこんな感じだ」
「すっごーい! なにそれ超わかりやすいんだけど!」
黒豹が両手をパチパチさせて喜んでいる。
褒められたからか、妙に顔が熱いな。部屋の温度が高いのか?
……こっちは小中学程度の範囲を教えてるだけなんだが。
でもまあ、理解したならいいか。
教えてみた感じ、黒豹は飲み込みが悪いわけじゃなさそうだ。
ただ、基礎を知らないだけだ。
ちゃんと教えればそれなりに理解できている。
これなら、いちから順番に積み上げていけば、ちゃんと理解することも可能だ。
教え方さえ工夫すれば、「わかったかも!」と目を輝かせる。
……正直、教えるのは嫌いじゃなかった。
ちゃんとロジックを組み立てて、相手に理解させる。
自分の説明が正しく伝わって黒豹が喜ぶ度に、妙な快感がある。
「真面目くん、教え方うまいね。先生より全然わかる」
「当たり前だ。先生は1人で30人くらい相手にしてるだろ。でも俺は黒豹だけを相手にしてるからな。わかりやすさは単純に30倍だ」
「そーいうとこだよ。褒めたのになんで数値で返すかなぁ……」
「それが事実だろ?」
「まったく……」
それから1時間が経過した。
黒豹はペンを放り投げて、テーブルに突っ伏していた。
「もうムリ……脳みそ溶けて鼻から漏れそう……」
「すすって元に戻せ。せっかく教えたのに溶かすな。せめて飲み込んで栄養にしろ」
「真面目くんは脳みそ溶けなさそうだもんね。アタシの苦労はわかんないよ……」
「俺だって、もともと勉強が出来たわけじゃない」
「え? そうなの?」
「まあ、要領が悪かったからな。必死に努力してなんとか出来るようになったんだ」
「……そうなんだ」
「だから、出来ないやつの気持ちは分かるつもりだ」
「ねえ、久しぶりに勉強して……もう眠いかも。寝てもいい?」
「ああ。よく頑張ったな」
「おやすみ真面目くん……」
黒豹がそのままソファに倒れ込んでしまった。
片付けもせずに。教科書もノートも広げっぱなし。
「え? マジか。うそだろ?」
黒豹は目を閉じてスースー寝息を立てている。
「黒豹? そこで寝るのかよ……」
おい……これ、どうすんだよ?




