第10話「覇王の決断」
第5部
「共同作戦本部を設置するべきだ」
ガルドが言った。
三人の視線が集まる。
「各王国の艦隊を一つの指揮系統に組み込む必要はない。
しかし、
少なくとも作戦目標、進攻時刻、撤退条件、通信手順は
統一するべきだ。
各王が個別に命令を出す場合でも、
他の王の艦隊に影響する行動については、事前に調整する」
「各王の権限を制限するということか。……」
ベイロンが不満げにつぶやく。
「戦場での独断が、他の艦隊を危険にさらすことを防ぐためだ」
ガルドは淡々と答えた。
「今回のように、一部の艦隊が勝手に前進し、
その後退によって隣接する部隊まで崩れる事態を
防がなければなりません」
リュージュが口を開いた。
「私は賛成だ。
共同作戦本部があれば、敵の防衛線を探る段階と、
突破を試みる段階を分けられる。
増援の投入時期も調整できる」
ベイロンはしばらく黙っていた。
自らの艦隊が抜け駆けした事実は、否定できない。
だが、他の王に指揮権を握られることも受け入れ難かった。
「各王国の艦隊指揮権は、
それぞれの王が保持する。それが条件だ」
「当然だ」
ガルドが答えた。
「我々は一つの王国になろうとしているのではない。
帝国軍に対抗するため、必要な部分で協力するのだ」
その言葉に、ヴァルビィも同意した。
「共同作戦本部は、
各王国の艦隊を直接指揮するのではなく、
作戦の調整と情報の共有を担当する。
それならば、各王の権限を維持しながら、
連携を改善できます」
ガルドは頷いた。
「よし。共同作戦本部を設置する。
各王国は、参謀と通信担当者を派遣しろ。
戦況情報を共有し、作戦計画を事前に調整する」
「承知した」
リュージュが答えた。
ベイロンも、不承不承ながら頷いた。
しかし、ガルドは会議を終わらせなかった。
「もう一つ、確認しておくことがある」
スクリーンに、鳳凰δの映像が再び表示された。
「皇太子シャルルの艦隊は、北方宙域に現れた。
だが、あれが帝国軍の全戦力ではない」
ヴァルビィの表情が引き締まった。
「皇后マリアの艦隊も、別に存在します」
「そうだ」
ガルドは続けた。
「帝国軍には、皇后と皇太子、
それぞれが率いる強大な艦隊がある。
今回、我々が目の当たりにしたのは、
そのうちの一つにすぎない可能性が高い」
ベイロンの顔から、先ほどまでの強気な表情が消えた。
「……つまり、まだ別の大軍が控えているということか」
「その可能性を前提に、作戦を立てる必要がある」
ガルドは四人の王を順に見渡した。
「次の戦いでは、相手の戦力を過小評価しない。
各王国の艦隊を無駄に失うことも許さない。
共同作戦本部を通じて情報を共有し、
敵の戦力と配置を見極める」
リュージュは静かに頷いた。
ヴァルビィも同意を示した。
ベイロンは不満を残していたが、
もはや反対する理由を見つけられなかった。
会議は、共同作戦本部の設置と、
四王国間の情報共有体制の構築を決定して終了した。
だが、四人の王は、それぞれ異なる考えを胸に秘めていた。
ガルドは帝国軍に対抗するための統制を求め、
リュージュは次こそ計画的な戦いを望んでいた。
ベイロンは失った主導権を取り戻そうと考え、
ヴァルビィは三人の王の動向を冷静に見定めていた。
共同作戦本部が設置されても、
四人の王が一つの意思で動ける保証はない。
そして帝国領北方宙域では、
鳳凰δを中心とするシャルルの艦隊が、
すでに次の展開に備えていた。
エイベル1689銀河団の王たちは、
ようやく帝国軍の脅威を正面から認識し始めた。
しかし、彼らが次に何を選ぶのか。
ガルドは、
しばらく黙って四人の前に置かれた戦況資料を見つめていた。
やがて、重々しく口を開く。
「仮に、
銀河団の全軍事力を総動員したところで、
結果は見えている」
「「「……!」」」
リュージュも、ベイロンも、ヴァルビィも、
覇王の顔を見た。
「数の問題ではないようだ」
ガルドは、スクリーンに映し出された鳳凰δの姿を指した。
「シャルル皇太子の鳳凰δが出現したときの、
わが軍のあの恐慌ぶりを見ただろう」
誰も答えなかった。
あの瞬間、戦場に何が起きたのか。
敵の艦隊が現れただけで、
兵士たちは戦意を失い、
指揮官の命令さえ届かなくなった。
艦隊は隊列を崩し、互いに進路を奪い合いながら逃げ帰った。
戦術以前の問題だった。
兵士たちが、敵と戦う前から敗北を確信していたのだ。
「……」
「……」
「……」
三人の王は、沈黙を守った。
ガルドは続けた。
「このまま戦争を続ければ、
各王国の艦隊は消耗する。
たとえ新たな艦隊を編成したところで、
あの恐怖を克服できなければ、同じことの繰り返しだ」
「では、どうしろというのだ」
ベイロンが、低い声で尋ねた。
「交渉で、打開の道を探るしかなかろう」
「……交渉?」
リュージュが眉をひそめた。
「……いまさら?」
ベイロンも、納得できない様子だった。
ここまで戦いを仕掛けておきながら、
今になって交渉を申し入れる。
しかも、帝国軍に押し返された直後である。
相手が応じる保証など、どこにもなかった。
ヴァルビィが腕を組んだ。
「……誰が行く?」
その問いに、ガルドはすぐには答えなかった。
ただ、ゆっくりとヴァルビィの顔を見た。
ヴァルビィの表情が固まる。
「……おい」
ガルドは何も言わない。
「ちょっと待て。今の話の流れで、なぜ私を見る?」
「お前が、やってやると言ったのではなかったか」
「それは、こいつらに向かって言ったんだ!」
ヴァルビィは、リュージュとベイロンを指差した。
二人は、すかさず顔を見合わせた。
「ふん!」
「ふん!」
「お前らも、そこで得意そうな顔をするな!」
ヴァルビィが怒鳴る。
ガルドは、額に手を当てた。
「……だから、内輪揉めをしている場合ではないと言っている」
大広間に、再び沈黙が落ちた。
ヴァルビィは、覇王の顔を見た。
ガルドの表情には、冗談めいたものは一切なかった。
「……本気なのか?」
「本気だ」
「相手は帝国だぞ。
しかも、皇太子の艦隊が現れたばかりだ。
こちらが交渉を申し入れたところで、
足元を見られるのが関の山だろう」
「だからこそ、お前が行く」
ガルドは言い切った。
「少なくとも、
お前は戦場の状況を冷静に見ている。
リュージュとベイロンのように、
目先の戦果にこだわってはいない」
「おい!」
「誰が目先の戦果だ!」
二人が同時に声を上げた。
「黙れ!!」
ガルドの一喝で、再び静まり返る。
「交渉が成立するかどうかは分からん。
だが、何もしなければ、戦争は続く。
こちらの軍事力をすべて投入しても
勝てないと判断した以上、別の道を探るのは当然だ」
ヴァルビィは、しばらく考え込んでいた。
やがて、深く息を吐いた。
「……分かった。私が行こう」
リュージュとベイロンが、意外そうに顔を上げた。
「ただし、条件がある」
ヴァルビィはガルドを見据えた。
「交渉の場では、私に全権を与えてもらう。
相手の要求を聞き、
こちらの譲歩できる範囲を判断する。
その場でいちいち、お前たちの許可を求めるつもりはない」
「認めよう」
ガルドは即答した。
「ただし、銀河団の存亡に関わる決定については、
持ち帰って協議する。それでよいな?」
「……ああ」
ヴァルビィは頷いた。
「それと、リュージュ。ベイロン」
「何だ?」
「何だよ?」
「私が交渉している間、勝手に戦争を再開するなよ。
せっかく話をまとめても、
お前たちがまた抜け駆けをしたら、すべて台無しだ」
二人は、気まずそうに黙った。
「返事は?」
「……分かった」
「……分かった」
「よし」
ヴァルビィは立ち上がった。
「では、帝国へ向かう準備をする。
相手が交渉に応じるかどうかは分からんが、
少なくとも、話をする前から負けたつもりはない」
その言葉に、ガルドは静かに頷いた。
「頼んだぞ、ヴァルビィ」
ヴァルビィは背を向け、大広間を出ていった。
残された三人の王は、しばらくその扉を見つめていた。
やがて、ベイロンが小さく呟いた。
「……本当に、あいつ一人で大丈夫なのか?」
リュージュが答える。
「少なくとも、俺たちよりは冷静だろう」
「何だと?」
「事実だ」
またも険悪な空気が漂いかけた。
「……いい加減にしろ」
ガルドの低い声に、二人は口を閉じた。
覇王は、スクリーンに映る鳳凰δを見つめた。
戦争を続けるのか。
それとも、交渉によって新たな道を見つけるのか。
銀河団の命運は、
ヴァルビィの交渉に委ねられることになった。
10/29 8:10 に投稿します。




