第8話「で……出たあぁぁぁぁぁ!」
第5部
帝国領北方宙域。
リュージュ軍とベイロン軍は、
すでに
防衛線の突破を
諦めつつあった。
前線では
帝国軍の
統制された攻撃が続き、
両軍の艦隊は
少しずつ後退を
強いられている。
連携を立て直そうにも、
互いの指揮系統は
噛み合わず、
戦況を好転させる
手立てが見つからない。
そのときだった。
「未確認艦影、
後方宙域に出現!」
監視担当の声が、
リュージュ軍の旗艦に響いた。
「未確認艦だと? 所属は!」
「帝国軍です!
大型艦一隻を中心に、
艦隊が
急速接近しています!」
スクリーンの映像が
切り替わった。
そこに映し出されたのは、
一隻の巨大戦艦だった。
優美でありながら、
圧倒的な威圧感を放つ船体。
その艦首には、
帝国皇太子の
旗艦を示す紋章が
輝いていた。
鳳凰δ(デルタ)。
シャルル・アルスラーニ皇太子の
旗艦である。
「まさか……」
参謀総長が息を呑んだ。
鳳凰δの周囲には、
幾重にも展開する
艦艇の群れがあった。
その数、数万隻。
駆逐艦の隊列が、
広大な宙域を
埋め尽くしている。
艦隊は
乱れなく隊形を整え、
帝国軍の防衛線と
連動しながら
進出してきた。
それは
単なる増援ではなかった。
戦場に、
新たな支配者が現れたのだ。
「皇太子殿下の艦隊……!」
帝国軍の各艦では、
兵士たちが
歓声を上げていた。
「鳳凰δだ!」
「皇太子殿下が来られたぞ!」
士気が一気に高まる。
それまで押し込んでいた
帝国軍は、
さらに力強く前進を始めた。
鳳凰δを中心とする
駆逐艦群が、
ゆっくりと
戦闘宙域へ進入する。
数万隻の艦艇が
一斉に進路を整え、
砲門を敵へ向けた。
まだ、撃ってはいない。
だが、
その沈黙こそが、
敵にとっては
何より恐ろしかった。
リュージュ軍の
旗艦では、
警報が鳴り続けていた。
「敵増援の規模を再計算!」
「計算中です!」
「早くしろ!」
「……算定不能!
通常の増援部隊としては
規模が大きすぎます!」
「何だと……?」
スクリーンに映る鳳凰δ。
その艦影を見た瞬間、
艦橋にいた一人の士官が、
震える声を漏らした。
「で……
出たぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
その叫びが、
通信回線に乗って
艦隊全体へ広がった。
「鳳凰δだ!」
「皇太子の艦隊が来たぞ!」
「逃げろ!
あれと戦ってたまるか!」
恐怖は、
砲撃よりも速く伝わった。
ベイロン軍でも同じだった。
「何を騒いでいる!」
指揮官が怒鳴った。
「敵の増援が来ただけだろう!」
「違います!
鳳凰δです!
皇太子殿下の旗艦です!」
「だから何だ!」
「その周囲に、
駆逐艦が数万隻!」
指揮官の顔から
血の気が引いた。
鳳凰δの艦隊は、
ただ数が多いだけ
ではない。
一隻一隻が
整然と隊列を組み、
全艦が
同じ意思を持つかのように
動いている。
そして、
そのすべてが、
敵を見据えていた。
数万隻の駆逐艦から
放たれる殺気。
それは、
戦場にいる者なら
誰もが肌で感じるほどの
圧力だった。
「撤退だ!」
誰かが叫んだ。
「全艦、撤退しろ!」
「しかし、
まだ司令部から命令が――」
「そんなものを
待っていられるか!」
一隻のベイロン軍艦が、
隊列を離れて後退を始めた。
それを見た別の艦が続く。
さらに、
その動きを見た艦が、
我先にと進路を変えた。
あっという間だった。
整然とした隊列は崩れ、
艦艇同士が進路を奪い合う。
「進路を塞ぐな!」
「そっちが先に
動いただろう!」
「緊急離脱する! どけ!」
通信回線は
怒号と悲鳴で
埋め尽くされた。
リュージュ軍でも、
もはや
指揮官の命令は
通らなかった。
「各艦、隊列を維持しろ!
無秩序な撤退は許さん!」
リュージュが命じた。
しかし、
返ってきたのは、
悲鳴に近い報告だった。
「陛下!
前線部隊が
次々と離脱しています!」
「何だと!」
「ベイロン軍も撤退を開始!
両軍の艦艇が
進路を交錯させ、
隊形を維持できません!」
リュージュは
スクリーンを睨みつけた。
つい先ほどまで、
どうにか戦線を
立て直そうとしていた
艦隊が、
今や一斉に
戦場から逃げ出している。
しかも、
敵の鳳凰δは、
まだ本格的な攻撃を
開始していなかった。
その事実が、
恐怖をさらに膨らませた。
「……ここまでか」
リュージュは、
苦々しく呟いた。
「全艦、撤退だ。
戦力を温存しろ。
艦隊を失うな!」
今度ばかりは、
命令が速やかに伝達された。
生き残った艦艇は、
我先にと戦場を離れていく。
逃げる艦、艦、艦――。
帝国軍の防衛線を
押し破ろうとしていた
敵艦隊は、
今や自ら隊列を崩し、
後方宙域へと殺到していた。
その光景を、
鳳凰δの艦橋から
シャルルが見つめていた。
「……まだ、
何もしていないのですが」
副官が答える。
「殿下の艦隊が
出現した時点で、
敵の戦意は
崩壊したようです」
シャルルは、
敵艦隊の逃走経路を
確認した。
「追撃は?」
「ご命令があれば、
いつでも可能です」
シャルルは少し考え、
静かに命じた。
「帝国領への脅威を
排除する。
だが、
無用な深追いはするな。
敵の撤退を妨げる必要は
ない。
こちらの防衛線を
確実に確保しろ。」
「了解しました!」
鳳凰δを中心とする
艦隊は、
隊形を崩さずに
前進を続けた。
逃げ去る敵を
追い回すこともなく、
ただ戦場を押さえていく。
その姿は、圧倒的だった。
帝国軍の兵士たちは、
鳳凰δの威容を
見上げるように、
スクリーンを見つめていた。
北方宙域を
支配していたのは、
もはや
リュージュでも
ベイロンでもない。
皇太子シャルルの旗艦、
鳳凰δ。
そして、
その周囲を埋め尽くす
数万隻の駆逐艦群だった。
明朝 8:10 に投稿します。




