第6話「抜け駆けによって 始まる」
第5部
リュージュ軍3,000隻の艦隊が、
帝国領北方宙域で
次の行動を探っていた、
そのときだった。
「陛下!
左翼艦隊より緊急通信です!」
参謀総長が顔を上げた。
「何があった?」
「ベイロン軍の一部が、
予定進路を離脱。
帝国軍の防衛線へ向けて、
急速接近しています!」
リュージュの表情が変わった。
「ベイロンの艦隊だと?」
「はい。
事前の作戦計画とは
異なる動きです」
スクリーンに、
敵味方の艦隊配置が
表示された。
ベイロンから派遣された
増援の一部が、
他の艦隊との連携を無視し、
帝国軍へ向かって突進していた。
「抜け駆けか……」
リュージュは低く呟いた。
先陣を切り、
最初の戦果を手に入れる。
帝国軍の防衛線を突破した
という功績を、
誰よりも早く
ベイロンに報告したいのだろう。
だが、
その行動は
リュージュの作戦を
根底から崩しかねなかった。
「通信を繋げ。
直ちに停止を命じる」
「すでに呼びかけております。
しかし、応答がありません!」
「何を考えている!」
リュージュが声を荒らげた。
「こちらが
敵の防衛能力を
探っている段階だ
ということが、
分からないのか!」
その間にも、
ベイロン軍の艦隊は
速度を上げていた。
帝国軍の監視網が、
その動きを捉える。
「敵艦隊の一部が
防衛線へ接近!」
北方方面司令部に
警報が響いた。
「リュージュ軍本隊の動きは?」
「現時点では、
大規模な前進を
確認できません。
接近しているのは、
別系統の艦隊です」
「別系統?」
「識別情報から、
ベイロン軍の増援部隊と
推定されます!」
司令官は、
敵の進路を確認した。
「先走ったか……」
だが、相手が
どのような事情で
動いたにせよ、
帝国領へ
武装艦隊が侵入しようと
している事実は変わらない。
「警告通信を送れ。
進路を変更し、
停止するよう要求しろ」
「了解!」
帝国軍からの警告が
発信された。
しかし、
ベイロン軍の艦隊は
進路を変えなかった。
「敵艦隊、速度を維持!」
「警告への応答はありません!」
司令官は、短く息を吐いた。
「迎撃準備。
各艦隊、
担当宙域を維持したまま、
戦闘態勢に移行せよ」
命令が各艦隊へ伝わる。
防衛線に配置された
帝国艦艇の砲門が開き、
射撃管制装置が
敵艦隊を捕捉した。
その瞬間、
ベイロン軍の先頭艦が
砲撃を開始した。
光条が
北方宙域を走り抜ける。
帝国軍の防衛艦が
迎撃射撃を放ち、
双方の艦隊の間で
爆発が連鎖した。
「敵、攻撃を開始!」
司令部に報告が飛び込む。
「第一艦隊、
迎撃を開始しました!」
「第二艦隊も交戦に入りました!」
「敵の後続部隊が動いています!」
もはや、
局地的な小競り合い
ではなかった。
ベイロン軍の抜け駆けが、
帝国軍との戦闘を
強制的に始めさせたのだ。
そして、その砲火は、
リュージュ軍本隊にも
影響を及ぼした。
「陛下!
帝国軍が迎撃を開始しました!」
参謀総長が報告する。
「ベイロン軍は?」
「先頭部隊が交戦中です。
後続部隊も
進路を変え始めています」
リュージュは、
スクリーンを睨んだ。
自軍が
慎重に進めてきた
偵察と探り合いは、
もう終わった。
敵に戦闘の開始を
決めさせるつもりはなかった。
だが、
ベイロン軍が先に
引き金を引いた以上、
こちらだけが
戦場の外にとどまることは
できない。
「全艦隊に通達!」
リュージュの声が
司令室に響いた。
「作戦を変更する。
全艦、戦闘態勢!」
「陛下、
全面攻勢に
移行されるのですか?」
「そうだ。だが、
無謀な突撃は許さん!」
リュージュは
敵味方の配置を見据えた。
「帝国軍が
ベイロン軍に戦力を向けた今、
こちらにも動く余地がある。
各艦隊は連携を維持し、
敵の防衛線を圧迫しろ。
ただし、勝機なしと見たら、
深手を負う前に
戦力を温存して帰還せよ!」
「承知しました!」
命令が一斉に発信された。
リュージュ軍3,000隻が動き出す。
中央艦隊が前進し、
左右の艦隊が展開する。
ベイロン軍の先陣をきっかけに、
これまで抑えられていた
各部隊が次々と
戦闘へ加わっていった。
帝国軍も、
防衛線の維持だけでは
済まなくなった。
「敵本隊が動きました!」
「第三艦隊、
迎撃態勢を強化!」
「第二艦隊の右翼に
敵が接近しています!」
北方方面司令部では、
刻々と変わる
戦況への対応が続いていた。
敵の動きは、もはや
単独の艦隊による偵察ではない。
リュージュ軍とベイロン軍の
一部が、
それぞれの思惑を抱えながらも、
同じ帝国軍へ向かって
攻撃を始めたのだ。
その報告は、
帝国軍総司令部にも届いた。
ヴァルガスは
新たな戦況報告を手に、
ディクティオンのもとへ向かった。
「閣下。
北方宙域で
全面戦闘に突入しました」
ディクティオンは、
報告書を受け取った。
「きっかけは?」
「ベイロン軍の一部が、
作戦計画から離れて
先陣を切りました。
帝国軍が迎撃を開始し、
それを受けて
リュージュ軍本隊も
戦闘態勢に移行しております」
「ベイロンの抜け駆けが、
戦端を開いたか。……」
ディクティオンは
戦況図を確認した。
帝国軍の防衛線では、
複数の地点で
交戦が始まっている。
敵の増援がどこまで続くのか、
まだ全容は見えていない。
「北方方面司令部には、
現在の
防衛計画を維持させろ。
敵の動きに引きずられて、
全体の配置を崩すな」
「承知しました」
「戦況の変化は、
逐次報告させる。
敵の全容が分からぬうちに、
こちらから
戦力を分散させる必要はない」
ヴァルガスは
命令を伝えるため、
司令部を後にした。
北方宙域では、
砲火が広がり続けていた。
リュージュが避けようとしていた
全面戦闘は、
ベイロン軍の抜け駆けによって
始まった。
敵も味方も、
もはや以前の配置には戻れない。
3,000隻のリュージュ軍。
先陣を切ったベイロン軍。
そして、
帝国領を守る北方の防衛艦隊。
それぞれの思惑が
交錯するなか、
北方宙域は
本格的な戦場へと
変わっていった。
明朝 8:10 に投稿します。




