第5話「互いに、探り合い」
第5部
「敵の後続戦力は?」
「ベイロン王国からの
増援と推定されて
いますが、
規模は未確定です」
ヴァルガスは報告書を閉じた。
「前線の防衛配置は維持。
後続戦力の確認を
優先するよう、
参謀本部へ伝えてくれ」
「承知しました」
報告は、
必要な判断を添えて
参謀本部へ戻された。
ディクティオン元帥のもとにも、
戦況の概要が届いていた。
彼は報告書に目を通し、
北方宙域の戦略画面を確認した。
リュージュ軍の3,000隻。
その後方に接近する増援。
まだ、
本格的な決戦が
始まったわけではない。
「引き続き、状況を監視する」
ディクティオンは告げた。
「敵の規模と
意図が明らかになるまでは、
現行の防衛態勢を維持する」
「承知しました」
その決定が、
参謀本部を通じて
各部門へ伝えられていく。
帝国軍は、
まだ総攻撃には移らない。
マリア皇后軍も、
シャルル皇太子軍も、
それぞれの指揮系統と
判断に従って動いている。
北方宙域の戦況が、
直ちに
両軍の行動を決める
わけではなかった。
帝国には、
帝国の指揮系統がある。
皇后軍には皇后軍の、
皇太子軍には皇太子軍の
指揮系統がある。
それぞれが
自らの戦力を掌握し、
必要な時に動く。
そして、リュージュ軍では、
3方向の偵察部隊が
本隊への帰還を
終えようとしていた。
報告は総参謀本部へ集められ、
作戦部が
次の作戦案をまとめ始める。
リュージュは、
その報告を待っていた。
敵の防衛線は堅い。
ベイロンの増援が合流しても、
簡単に突破できるとは限らない。
だが、ここで退けば、
帝国領への進出そのものを
諦めることになる。
「総参謀長」
「はい、陛下」
「次の作戦案を出せ。
敵の防衛線を
突破する方法を考えろ」
「承知しました」
リュージュは
戦略画面を見つめた。
3,000隻の艦隊は、
再び陣形を整えつつあった。
前哨戦は終わった。
だが、
両軍の対峙は続いている。
帝国軍は防衛線を維持し、
リュージュ軍は
次の攻撃に備える。
その後方では、
ベイロンの増援が
接近を続けていた。
北方宙域の戦いは、
まだ決着していない。
そして、
次に動くのが
どちらの陣営になるのか。
その答えは、
まだ誰にも分からなかった。
帝国領北方宙域。
リュージュ軍3,000隻の艦隊は、
再編を終え、
再び前進を開始していた。
先ほどの攻撃で、
帝国軍の防衛線に
大きな穴を開けることは
できなかった。
しかし、
リュージュにとって、
それは失敗ではない。
敵の反応速度。
艦隊の移動能力。
防衛線の連携。
そして、
攻撃を受けた際の帝国軍の判断。
得られた情報は少なくない。
「陛下。
各艦隊から、
分析結果が届いております」
参謀総長が報告した。
リュージュは、
正面スクリーンに表示された
情報を眺めていた。
「帝国軍は、
こちらの動きに即応している。
しかも、
前線の指揮官が
勝手に動いているわけではない」
「はい。
各艦隊の判断は
統一されております。
ただし、
現場の裁量も
残されているようです」
「よく訓練されているな」
リュージュは短く笑った。
「数だけで
押し切れる相手ではない、
ということか。…………」
「それでも、
こちらは3,000隻です。
今のところ、
帝国軍に
決定的な損害を
与えられてはいませんが、
こちらも大きな損失は
出しておりません」
「問題は、その先だ」
リュージュは
スクリーンを切り替えた。
帝国領の北方宙域。
その奥には、
まだ確認できていない
戦力が存在する。
敵の防衛線を
突破したとしても、
その先に
何が待っているのか分からない。
「ベイロンからの増援は?」
「接近を続けております。
ただし、合流までには、
まだ時間が必要です」
「合流を待つべきか。
それとも、先に
帝国軍を動かすべきか……」
リュージュは
椅子から立ち上がった。
「参謀総長。
次の攻撃は、
敵の防衛線を
突破するためだけの
ものではない」
「と、おっしゃいますと?」
「帝国軍が、
どこまで戦力を
投入してくるのか。
それを確かめる」
リュージュは、
帝国領の奥を見つめた。
「こちらが攻めれば、
敵は守る。
だが、守るために、
どこまで手の内を明かす?」
参謀総長は黙って聞いていた。
「帝国軍が
前線の3個艦隊だけで
対処するなら、それでいい。
後方から別の艦隊が動くなら、
その規模と進路を把握する」
「敵の増援を誘い出すのですね?」
「そうだ。ただし、
無理に戦う必要はない」
リュージュは、
先ほど自ら出した命令を
繰り返した。
「勝機なしと見たら、
深手を負う前に帰還しろ。
3,000隻は、
使い捨てに
するための戦力ではない」
「承知しました」
「各艦隊に伝えろ。
次の攻撃では、
敵の反応を
確認することを優先する。
防衛線の突破に固執するな」
参謀総長が命令を伝達する。
リュージュ軍の3,000隻は、
再び3方向へ展開を始めた。
中央の艦隊が前進し、
左右の艦隊が
距離を保ちながら
進路を変える。
今度は、
先ほどよりも慎重だった。
敵の砲撃が届く範囲へ
不用意に踏み込まず、
帝国軍の動きを
誘うように進む。
その動きは、
帝国軍の監視網にも
捉えられていた。
帝国軍北方方面司令部。
戦況表示の前で、
参謀たちが報告を続けていた。
「敵艦隊、
再び3方向に展開しています」
「先ほどと
同じ攻撃でしょうか?」
「断定できません。
前回よりも進路変更が多く、
各艦隊の距離も
一定ではありません」
司令官は、
スクリーンを見つめた。
「探っているな。……」
「敵の目的は、
こちらの防衛能力の
確認と考えられます」
「ならば、こちらも
不用意に動く必要はない」
司令官は、
各艦隊の配置を確認した。
第一艦隊は
担当宙域を維持。
第二艦隊は
右翼側の防衛線を保持。
第三艦隊は
後方との連携を保ちながら、
予備戦力として待機している。
それぞれの艦隊は、
与えられた任務を
果たしていた。
「敵が攻撃してきた場合は、
担当宙域で迎撃する。
ただし、追撃は
許可があるまで行うな」
「了解しました」
「敵の誘いに乗るな。
こちらの任務は、
敵を
追い払うことだけではない。
帝国領の防衛線を維持することだ」
命令は、
方面司令部から
各艦隊へ伝えられた。
同時に、
戦況の変化は
帝国軍総司令部にも報告される。
総司令部では、
各方面から
送られてくる情報を整理し、
帝国全体の
防衛計画に照らして
分析していた。
その報告を受けた
ヴァルガスは、
必要な情報をまとめ、
ディクティオンのもとへ
向かった。
「閣下。
北方方面から新たな報告です」
ディクティオンは
書類から目を上げた。
「リュージュ軍が
再び展開したか?」
「はい。
3,000隻の配置を
変えながら、
帝国軍の反応を
探っている模様です。
現時点では、
本格的な突破行動には
移っておりません」
「敵も、
こちらの出方を
見ているということだな。……」
「そのように判断されます」
ディクティオンは、
報告に目を通した。
「北方方面司令部の対応は?」
「防衛線を維持しております。
敵の誘いに乗らず、
各艦隊の
担当宙域を守る方針です」
「よろしい。
現場の判断を尊重する。
状況が変われば、
速やかに報告させろ」
「承知しました」
ヴァルガスは一礼した。
ディクティオンは、
再び報告書へ視線を戻した。
リュージュ軍3,000隻。
その背後には、
ベイロンからの増援が迫っている。
今の段階で
敵の全戦力を把握することは
できない。
だからこそ、
帝国軍は
焦って戦力を動かすべきでは
なかった。
一方、
リュージュもまた、
帝国軍の奥に
何が控えているのかを知らない。
双方とも、
相手の全貌を
つかめないまま、
次の一手を探っていた。
北方宙域。
リュージュは、
敵の防衛線を映し出す
スクリーンの前に立っていた。
「陛下。
各艦隊、
次の行動準備を完了しました」
参謀総長の報告に、
リュージュは頷いた。
「よし。
敵が動かなければ、
こちらも
無理に動く必要はない」
「このまま、
様子を見るのでしょうか?」
「いや」
リュージュは、
帝国軍の配置を指で示した。
「敵が守り続けるなら、
守り続けられない
状況を作ればいい」
その目には、
焦りも苛立ちもなかった。
「ベイロンの増援が
合流するまでに、
帝国軍の防衛線を
少しずつ動かす。
大きな勝負は、その後だ」
参謀総長は静かに頷いた。
3,000隻の艦隊は、
再び進路を変えた。
帝国軍は、
まだ砲火を開いていない。
だが、
リュージュはすでに
次の攻撃を考えていた。
そして帝国軍もまた、
敵が何を狙っているのかを
見極めようとしていた。
北方宙域の戦いは、
互いに
相手の手を探る段階から、
次第に動きを変え始めていた。
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