第6話「エイベル1689銀河団(Abell 1689)」
第4部
帰路の艦内、シャルルは、
デルタ・シグマに、
報告書の作成を指示した。
「本国への報告は、簡潔に。
『NGC745銀河内の紛争、
人質全員、無事救出。
三群間の境界線見直し、
合意成立。
ガルム群への、長期支援策、
別途、申請予定』
——以上で」
「人質救出時の、
殿下ご自身の、
危険を伴う突入についても、
記載なさいますか?」
シャルルは、少し考えた後、
静かに首を振った。
「不要だ。
あの判断は
結果的に上手くいっただけで、
褒められるべきものではない。
むしろ、反省すべき点として、
私自身の記録に留めておく」
艦が、
本国への航路を進む中、
シャルルの脳裏には、
母マリアの冷静な佇まいが、
幾度も浮かんでは、
消えていった。
「母上ならもっと、違う道を、
見出せたのだろうか?」
独り言のような呟きに、
デルタ・シグマが応じた。
「殿下。
比較は無用かと存じます。
皇后陛下の統治には、
皇后陛下の流儀が、
殿下には、
殿下ご自身の流儀が、
あるのです」
「……そうだな。
そなたの、言う通りだ」
シャルルは、静かに頷いた。
父ヴィクトール、母マリア、
そして、宰相ディクティオン
——この三者が、
長年、築き上げてきた、
この帝国の、安定した統治。
その一端を、いずれ自らの手で、
担っていくのだという、
重い、しかし、確かな自覚が、
胸の内に、
深く根を張っていくのを、
彼は、感じていた。
「デルタ・シグマ、
父上への、先行連絡は?」
「送信済みです。
『皇太子殿下、任務完了。
人質全員、無事救出』
との報告に、陛下からは、
『よくやった、シャルル』
との、短い、しかし、温かな、
お言葉が届いております」
その言葉に、シャルルの口元が、
僅かに緩んだ。
「……そうか。……」
鳳凰 δ(デルタ)は、静かに、
しかし、確実に、
天の川銀河、帝国本拠への航路を、
進み続けた。
艦内に満ちる静かな安堵の中、
シャルルの目には、既に、
次なる課題——この帝国の、
各地になお残り続ける、
資源と生存圏を巡る、
根深い火種への、
絶えざる警戒の色が、
宿り続けていた。
本拠の艦港へと、
鳳凰 δ が、滑り込んでいく。
見慣れた、光華万華宮の輝きを、
シャルルは、
窓越しに、静かに見つめた。
「出発から、正味、
三日と、二時間でした」
デルタ・シグマの報告に、
シャルルは、小さく息を吐いた。
「短くはあったが、
得たものは多い」
着陸の瞬間、彼の表情には、
凱旋の誇らしさよりも、
むしろ、これから、
さらに積み重ねていかねばならぬ、
統治者としての道のりへの、
静かな覚悟だけが、滲んでいた。
鳳凰 δ は、静かに、
着陸を完了した。
当代の皇帝、
ヴィクトール・アルスラーニは、
歴代の皇帝の中でも、
とりわけ安定した治世を
築いていた。
妻である
マリア・アルスラーニ。
皇太子シャルル・アルスラーニ。
宰相にして帝国軍元帥、
ディクティオン。
この三人を中心とした
統治体制は、
帝国臣民からも
厚い信頼を受けていた。
この三人がいる限り、
帝国は揺るがない。
少なくとも――
その日までは、
誰もがそう考えていた。
皇宮中央評議室。
ヴィクトールは、
巨大な星系図を前に、
一人黙っていた。
いつもなら、
数百人の官僚や軍人が集う
この部屋も、
今は異様なほど静かだった。
正面の星系図には、
一つの銀河団が
赤く表示されている。
エイベル1689銀河団(Abell 1689)。
かつては
無数の銀河勢力が互いに争い、
長年にわたって
抗争を繰り返してきた
場所である。
ところが近年、
その状況が一変した。
「……統一された、だと?」
ヴィクトールが、低く呟いた。
「はい」
答えたのは、
ディクティオンだった。
「これまで
エイベル1689銀河団では、
複数の勢力が互いに牽制し、
長期的な統一勢力は
存在しておりませんでした」
「それが?」
「一人の人物によって、
ほぼ完全に統一されました」
ディクティオンが
星系図を操作する。
エイベル1689銀河団の中央に、
黒い印が現れた。
「名は、ガルド」
ヴィクトールの目が細くなる。
「覇王を名乗っているそうです」
「自称か?」
「当初は、そうだったようです」
ディクティオンは、
次々と資料を表示した。
「しかし、現在では、
エイベル1689銀河団の
ほぼ全域で、
その名が通用しております」
「ほぼ全域……」
「さらに問題なのは、……。
明朝 8:10 に投稿します。




