第4話「NGC745銀河の外縁へ」
第4部
イプシロン・シグマの、
淡々とした報告に、
マリアは、静かに頷いた。
「短い旅のようで、
長い旅でした」
艦が、本拠の艦港へと、
滑り込んでいく。
その着陸の瞬間まで、
マリアの表情には、
これから戦勝の凱旋でも
果たすかのような、気負いは、
微塵も見られなかった。
ただ、一つの仕事を、
淡々と片付けてきた——
その静かな満足感だけが、
彼女の横顔に滲んでいた。
NGC745銀河内で、
星群同士の争いが絶えない
という報告が、
宮廷にもたらされた。
これを受け、
出陣することとなったのは、
皇太子シャルルであった。
シャルルもまた、
母マリアと同じく、
量子技術による
超AIに統合された、
宇宙戦艦軍を、
指揮する立場にあった。
だが、此度、出陣するのは、
シャルルただ一人。
旗艦・鳳凰 δ(デルタ)に、
颯爽と搭乗するシャルル。
彼に従うのは、
互いにAI通信によって、
同期制御される、
戦艦軍三千隻。
その司令塔となるのは、
シャルルの乗る艦に
搭載された、
超AI・δ(デルタ)Σ(シグマ)であった。
旗艦・鳳凰 δ(デルタ)は、
超光速航路を駆け、
一昼夜のうちに、
NGC745銀河の外縁へと、
到達した。
「デルタ・シグマ、状況を」
シャルルの問いに、
艦全体に響く、
機械的な、しかし、明瞭な
声が応じた。
「この銀河では、
三つの星群が長年にわたり、
断続的な衝突を、
繰り返しております。
中でも、
直近の事案は深刻です。
『ガルム群』が、
交易路の要衝を占拠し、
通行する他群の船を、
片端から、拿捕している
とのことです」
「拿捕した船の、乗組員は?」
「人質として、
拘束されております。
既に、三十名を超える、
民間人が、
捕らえられている模様です」
その報告に、
シャルルの眼差しが、
鋭さを増した。
「人質、か。
母上の、
あの柔らかな手腕とは、
少々、勝手が、
違いそうだな」
「殿下は、いかなる方針で、
臨まれますか?」
「まずは、
相手の出方を、見る。
だが——」
シャルルは、静かに続けた。
「人質がいる以上、
悠長な協議に、
時間をかけるわけには、
いかない」
「三千隻、展開せよ。
ガルム群の拠点を、
包囲する形で」
「承知いたしました。
展開、開始します」
鳳凰 δ を中心に、
三千隻の艦隊が、静かに、
しかし、圧倒的な速さで、
ガルム群の占拠する、
交易路の要衝へと、
展開していった。
その動きは、
母マリアの、整然とした、
慎重な布陣とは、また違う、
鋭く、隙のない、
包囲網であった。
「ガルム群首領に、通信を」
「繋がりました」
通信画面に、
荒々しい、
傷だらけの顔をした、
壮年の男が、映し出される。
「何者だ? 貴様。
帝国の、小僧か?」
「第七帝国、皇太子
シャルル・アルスラーニ。
拘束している人質の、
即時解放を、求める」
「断る、と言ったら?」
男は、不敵に、笑った。
シャルルは、
表情一つ変えずに、答えた。
「あなた方の拠点は、
既に、我が艦隊によって、
完全に、包囲されている。
補給路も退路も、
すべて、断たれた」
「脅すつもりか? 小僧」
「脅しではない。
確認を、勧めている」
男が、半信半疑の様子で、
モニターを確認する。
その顔色が、瞬時に変わった。
「な……いつの間に……!」
「あなた方が、
交渉のための時間稼ぎを、
していた間にだ。
さて——」
シャルルは、静かに続けた。
「人質を、
一人でも傷つければ、
私は、ただちにこの拠点の、
補給施設を、無力化する。
あなた方はこの宙域で、
孤立し、いずれ、座して、
飢えることになる」
「……貴様、本気か!」
「本気だ。
だが、私はあなた方を、
殲滅したいわけではない。
人質さえ解放されれば、
この場は、
穏便に収めるつもりだ」
男は、しばし、
苦々しい表情で沈黙した。
「……条件は?」
「人質の即時全員解放。
加えて、
交易路の占拠を解き、
この宙域からの撤退を、
求める」
「撤退した後は、どうなる?」
「この銀河の、他の二群との、
境界線の見直しを、
私が、仲介いたす。
あなたがたにも、
相応の生存圏を、
確保できるよう、
取り計らう」
男は、
なおも迷いを見せていた。
その時、艦内の別の区画から、
緊急の報告が、入った。
「殿下!
ガルム群の別動隊が、
人質を盾に、強行突破を、
図ろうとしています!」
「なんだと……!」
明朝 8:10 に投稿します。




