第3部 第4話【 不断の自省こそが 】(上)
ラスティーンの晩年、彼はもはや、
単なる部族長ではなく、
一つの新興勢力を束ねる、
確かな統治者としての風格を、
身につけつつあった。
「父上、我らは、このまま、
サルーン領との共存を、
続けていくのですか?」
息子の一人が、
そう尋ねたという逸話が残っている。
「共存、か。……」
ラスティーンは、
しばし星の海を見つめた後、
静かに答えた。
「今は、まだ、その時ではない。
だが、いずれ——我らの力が、
あの地の支配者の力を、
明確に上回る日が来た時、
共存という言葉の意味は、
大きく変わることになるだろう」
その言葉通り、
ラスティーンの後を継いだ息子の代には、
ガーズィー辺境州の勢力は、
既にサルーン領の軍事力を、
実質的に凌駕するまでに、
成長を遂げていた。
「もはや、我らは、
サルーン領の庇護を必要としない」
二代目の指導者は、そう宣言し、
正式に、独自の国号を掲げるに至った。
「ラスティーユ公国」——それが、
この新興勢力が、自らに与えた、
新たな名であった。
サルーン領の領主は、
この宣言に、激しく動揺した。
「馬鹿な……あの辺境の部族が、
独自の国号を、勝手に名乗るとは。……」
「領主様、いかがなさいますか?」
「軍を送れ!
あのような不遜な振る舞い、
断じて許すわけにはいかぬ!」
だが、
送り込まれたサルーン領の艦隊は、
ラスティーユ公国の、
洗練された軍事力の前に、
あっけなく敗走することとなった。
「な……!
我らの艦隊が、こうもたやすく……」
戦報を受けたサルーン領の領主は、
言葉を失った。
この敗北は、帝都にも、
瞬く間に伝わることとなった。
「陛下、サルーン領が、
内部の新興勢力に、
軍事的な敗北を喫したとの報告が」
セレスの後継にあたる、
当代の情報官が、緊迫した声で報告した。
皇帝は、しばし沈黙した後、
静かに、しかし重い声で呟いた。
「……ついに、来たか。
均衡が、大きく傾く時が」
その言葉には、これから始まるであろう、
この帝国にとって最大の転換点への、
確かな予感が、静かに込められていた。
星々の海の彼方、
かつて
痩せた辺境の
一部族に過ぎなかった者たちが、今や、
一つの帝国の運命すら左右しかねない、
確かな力として、その姿を現し始めていた。
サルーン領の敗北から、数十年が過ぎた。
かつて、
帝国有数の豊かさを誇ったこの宙域は、
今や、見る影もないほどに、
その勢力を衰えさせていた。
「領主様、また一つ、辺境の星系が、
ラスティーユ公国側に、
寝返ったとの報告が」
補佐官の沈痛な声に、
当代の領主——バイラムの血を引く、
最後の統治者となる若者であった——は、
深く項を垂れた。
「もう、何度目だ……。
我らの民は、なぜ、
あの新興の者たちに、こうも簡単に、
靡いてしまうのだ。……」
「領主様、失礼を承知で申し上げます。
ラスティーユ公国は、
税を軽くし、民の声に、より丁寧に
耳を傾けていると聞きます。
対して、我らは……」
その言葉に、領主は、
何も言い返せなかった。
長きにわたる安定の中で、
サルーン領の統治機構は、いつしか、
旧支配層の既得権益を守ることにばかり、
心を砕くようになっていたのである。
「もはや、我らに、
あの勢いを止める術はないのか?」
領主の問いに、
老練な将軍が、静かに答えた。
「軍を、立て直すことは可能でしょう。
ですが、それには、莫大な費えと、
時が必要です。
ラスティーユ公国は、その猶予すら、
我らに与えぬでしょう」
案の定、ラスティーユ公国の進撃は、
止まることを知らなかった。
三代目の指導者——彼は、自らを
「大公」と称するようになっていた——
は、着実に、サルーン領の版図を、
その手中に収めていった。
「サルーン領の首府、
間もなく陥落するとの報せが」
帝都では、目付からの最終報告が、
皇帝の元に届けられていた。
「……そうか」
皇帝は、静かに、
しかし深い感慨を込めて、呟いた。
「かつて、かの地は、我らが理想とした、
融和の統治の、象徴であった。
それが、今や、
その内部から生まれた力によって、
その立場を、
完全に逆転されようとしている」
「陛下、これは、
いかなる教訓と、お考えになりますか?」
側近の問いに、皇帝は、
しばし黙考した後、静かに答えた。
「融和は、確かに、安定をもたらす。
だが、安定に安住しすぎれば、
変化への備えを、忘れてしまう。
ラスティーユ公国は、
常に、飢えと欠乏の中で、
力を鍛え続けてきた。
対してサルーン領は、豊かさの中で、
その牙を、いつしか失っていたのだろう」
本日 20:20 に投稿します。




