第3部 第2話 【 独自の結束と独自の野心 】
数十年の時が流れた。
バイラムの血統は、
既に何代にもわたって、
サルーン領を治め続けていた。
だが、その頃には、当初あった
「征服者の一族」という意識は、
統治者自身の中からも、
次第に薄れ始めていた。
「我らは、もはや、
遠い第七帝国から来た征服者ではない。
この地に生まれ、この地に根を張った、
正統な統治者なのだ」
バイラムの何代か後の子孫にあたる、
当代の領主は、
そう宣言するようになっていた。
「陛下、サルーン領の当代領主が、
興味深い発言を、
繰り返しているとの報告が」
目付からの報告に、
アルスラーンの後を継いだ、
次代の皇帝は、静かに眉をひそめた。
「詳しく聞かせよ」
「自らを、征服者の末裔としてではなく、
この地に固有の、正統な統治者として、
位置づけ始めているようです。
帝国からの独立を、
明確に望んでいるわけではありませんが……
その言動には、確かな、
独自性への志向が見て取れます」
皇帝は、しばし黙考した後、静かに命じた。
「まだ、様子を見よう。
あの地の統治は、
これまで、常に安定していた。
民の暮らしも、豊かなままだ。
ならば、今は、口を挟む時ではない」
こうして、サルーン領は、
帝国の一部でありながら、次第に、
その内実において、独自の色を、
より一層、濃くしていくこととなる。
だがその独自性の高まりこそが、
やがて、この地に、
思いもよらぬ大きな転換をもたらす、
静かな序章であったことに、この時、
まだ誰も気づいていなかった。
サルーン領の独自性は、
統治機構の隅々にまで、
静かに浸透していった。
「新任の官吏たちの多くが、既に、
この地の言葉しか、
満足に話せぬようになっている
との報告が」
補佐官の言葉に、当代の領主は、
特に気にする様子もなく応じた。
「それの、何が問題だ。
この地の民を治めるには、
この地の言葉こそが、最も雄弁なのだ」
「ですが、帝都との通信では、
公用語の使用が、
義務付けられているはずでは」
「形式上は、な。
だが、実務においては、
この地のやり方で十分だろう」
そんな中、サルーン領の軍事力もまた、
独自の発展を遂げていた。
当初、
帝国から派遣された将兵たちの子孫は、
現地の戦法や兵器を積極的に取り入れ、
独自の軍事文化を築き上げていた。
「我らの艦隊は、もはや、
帝都の艦隊とは、
装備も戦術も、大きく異なっている」
軍事顧問の一人が、そう報告した。
「それで、良いのではないか。
この地の宙域には、
この地の宙域に適した戦い方がある」
領主は、静かにそう答えた。
「陛下、サルーン領の軍事力が、
独自の進化を遂げているとの報告が
届いております」
帝都では、
目付からの報告を受けた皇帝が、
静かに顔をしかめた。
「独自の進化、か。
それは、我らの艦隊との、
互換性を失うということでもあるな」
「はい。
有事の際、帝国本軍との連携に、
支障をきたす可能性が、……」
「……懸念すべき点ではある。
だが、いまだ、明確な反乱の兆候は、
見られぬのだろう?」
「はい、それは、……」
「ならば、まだ、様子を見よう」
こうして、幾世代にもわたる
「様子見」の積み重ねが、
サルーン領という一つの宙域を、
帝国の枠組みの中にありながら、
実質的には、ほとんど独立した勢力へと、
静かに変貌させていったのである。
この緩やかな変化は、
あまりに緩やかであったがゆえに、
誰の目にも、
明確な脅威としては、映らなかった。
だが、この静かな変貌の裏で、
サルーン領の内部には、
既に、新たな力が、着実に、
その根を張り始めていた。
それは、
かつてこの地を征服した将バイラムの
血統とは、まったく異なる、
新興の勢力であった。
その勢力の名は、まだ、
帝都の目付たちの報告書にすら、
記されてはいなかった。
だが、サルーン領のさらに西方、
当時はまだ、取るに足らぬ辺境の
一部族として見なされていた
その一団こそが、後の世に、
大きな名を刻むことになる。
彼らは、静かに、しかし着実に、
力を蓄えつつあった。
バイラムの血統が、
この地に深く
溶け込むことに専念していた間に、
この新興勢力は、独自の結束と、
独自の野心を、
密やかに育て続けていたのである。
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