↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
45/83

第3部 第1話【 膨張の音に耳を澄ませながら 】(下)

一方、

強権的な支配を敷いた辺境の宙域は、

「鉄拳領」と呼ばれるようになった。


その領主は、圧倒的な軍事力を背景に、

瞬く間に、

周辺の小勢力を、次々と併呑(へいどん)していった。


「陛下、鉄拳領の勢力は、この五年で、

実に三倍にまで膨れ上がっております」


別の目付からの報告に、

アルスラーンは、しばし考え込んだ。


「勢力は拡大しているが、

民の暮らし向きは、いかがか?」


「決して豊かとは言えません。

ですが、明確な反乱の兆候も、

今のところは、見受けられません」


「……ならば、まだ見守る時だ」


こうして、帝国の版図は、

様々な色を帯びながら、

着実に広がり続けていった。


ある宙域では、文化交流の市が賑わい、

またある宙域では、

圧政に耐えかねた民の、

押し殺したような呻きが、静かに響いていた。


光華の座に君臨するアルスラーンは、

日々、各地から届く目付の報告書を、

丹念に読み込んでいった。


「これほど多くの、異なる統治の形を、

一人の皇帝の目で、

すべて見届けることなど、

本当に可能なのだろうか。……」


夜、報告書の山を前に、

アルスラーンは、静かに独りごちた。


「だが、それでも、俺は、

見届けねばならない。


この多様性こそが、

この広大な帝国を、支える力になると、

俺は信じているのだから」


星々の海に浮かぶ、無数の宙域——

それぞれが、それぞれの物語を、

静かに、しかし確実に紡ぎ始めていた。


この壮大な叙事詩の幕が、

今、静かに上がったのである。


その幕の向こうに、どのような栄光と、

どのような悲劇が待っているのか——

それは、まだ、誰にも分からなかった。


ただ、宇宙は、今日もまた、

変わらぬ速さで、静かに膨張を続けていた。


アルスラーンは、

その静かな膨張の音に耳を澄ませながら、

これから紡がれる、

幾つもの興亡の物語に、

静かに想いを馳せていた。


サルーン領の統治は、年を追うごとに、

その独自の色を、より濃く帯びていった。


「領主様、此度の収穫祭、

 旧支配層の方々からも、

 多くの寄進が集まりました」


補佐官の報告に、サルーン領の領主——

若き日にアルスラーンから任命された将、

名をバイラムといった——は、

満足げに頷いた。


「良いことだ。

 我らが、彼らの神々を敬い、

 彼らの言葉を学び続けてきた成果が、

 ようやく実り始めているのだろう」


バイラムの統治は、

徹底した現地融和策に貫かれていた。


征服者である彼自身の一族の言葉よりも、

この地に古くから伝わる言葉を、

公用語として積極的に採用し、

現地の神殿や慣習にも、

深い敬意を払い続けた。


「バイラム様は、もはや、

 征服者というより、

 我らの一員のようですらある」


サルーン領の古老の一人が、

そう漏らしたという逸話が、

この地には、広く伝えられている。


「目付殿、此度の視察、

 いかがであったか?」


アルスラーンからの問いに、

サルーン領に派遣されていた目付は、

恭(うやうや)しく答えた。


「陛下、驚くべき光景でございました。

 征服者の一族と、この地の旧支配層が、

 既に、見分けがつかぬほどに、

 混ざり合っております」


「混ざり合う、か」


「はい。バイラム様のご子息は、既に、

 現地の名門の姫君を、

 正室に迎えておられます」


アルスラーンは、

しばし考え込んだ後、静かに頷いた。


「それは、

 統治の理想的な姿の一つかもしれぬな。

 だが……」


「陛下、何か懸念が?」


「いや。ただ、

 これほどまでに深く溶け込む

 ということは、いずれ、

 征服者と被征服者の境界そのものが、

 曖昧になっていくということでもある。

 それが、

 良いことなのか、危ういことなのか——

 今は、まだ、判断できぬ」

明日 12:20 に、投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。