2 部 第10話【 礎(いしずえ)であり続けた憲法と裁判制度 】(上)
境界外縁星域に到着した
アンタレスの艦は、
反乱艦隊とルーメンの民の防衛線との、
まさに一触即発の狭間に、
静かに割って入った。
「全艦、砲撃を停止せよ!
皇帝陛下の御座艦である!」
副官の叫びに、両陣営の艦が、
動揺したように、その動きを止めた。
「若き将校たちよ、聞け」
アンタレスの声が、通信を通じて、
反乱艦隊の全艦に届けられた。
「お前たちの想いは、俺にも届いている。
宇宙は膨張し、
俺たちの手の届く未来は、
刻一刻と狭まっている。
その焦りは、決して、
根拠のないものではない」
反乱艦隊の指揮官——
あの若い将校の声が、震えながら応じた。
「陛下……ならば、なぜ、
我らを止められるのですか?」
「止めているのではない。
問うているのだ。
お前たちが本当に守りたいものは、
次元結晶という資源そのものなのか、
それとも、この帝国が、これから先も、
生き延び続けることなのか」
沈黙が、通信の向こうに流れた。
「もし後者であるならば——お前たちは、
既に、大きな思い違いをしている。
この星域を力で奪えば、
ルーメンの民との間に、
決して癒えぬ遺恨が生まれる。
その遺恨は、いずれ、
お前たちの子孫の代に、
より大きな災いとなって
返ってくるだろう。
始祖の代から、この一族が
学んできたことが、まさにそれだ」
アンタレスは、静かに続けた。
「俺たちの祖先は、
荒くれ者と拳で語り合い、
孤児たちを、その手で守った。
この星域の暗い恒星の下で、
俺たちは、力ではなく、
恒星への問いかけによって、
この地の民の信頼を勝ち得てきた。
その道を、俺たちの代で、
力ずくの略奪に変えるつもりはない」
若い指揮官の艦から、
静かなすすり泣きのような声が、
通信越しに漏れ聞こえた。
「陛下……我らは、ただ、この帝国が、
宇宙の広さに、置いていかれることが、
恐ろしかっただけなのです」
「その恐れは、俺も同じだ。だが、
恐れに急かされて選んだ道の先に、
本当の未来があるとは、
俺には思えない」
しばしの静寂の後、
反乱艦隊の指揮官は、静かに答えた。
「……武装解除いたします。
陛下の御心に、従います」
艦隊の砲門が、
一斉に下ろされていった。
ルーメンの民の防衛線からも、
静かな安堵のどよめきが上がった。
危機は、こうして、
一発の砲弾も交えることなく、
収束した。
数日後、
光華万華宮に戻ったアンタレスは、
フェリクスとヴァルデマール、
そして両首席裁判官、
集った重臣たちを前に、
静かに口を開いた。
「此度の危機を経て、俺は、改めて、
この帝国が拠るべき哲学を、
皆に示しておきたいと思う」
謁見の間に、静かな緊張が満ちた。
「拡張は、悪ではない。
宇宙が膨張し続ける限り、
俺たちが手を伸ばさねば、
多くのものが、
永遠に手の届かぬ彼方へと消えていく。
それもまた、真実だ」
アンタレスは、
フェリクスへと視線を移した。
「だが、対話もまた、弱さではない。
力だけで築いた版図は、いずれ、
その力が陰った時、脆くも崩れ去る。
信頼によって結ばれた絆こそが、
真に長く続く強さだ」
「陛下は……どちらが正しいと、
仰りたいのですか?」
ヴァルデマールが、静かに問うた。
「どちらも、正しい。そして、どちらも、
それだけでは、足りない」
アンタレスは、静かに、
しかし確信を込めて続けた。
「拡張という剣と、対話という盾。
この二つを、
対立するものとしてではなく、
車の両輪として使いこなすこと——
それこそが、この帝国が、
これから先も生き延びるための、
唯一の道だと、俺は信じる」
本日 18:30 に投稿します。




