第2部 第8話【 最終審への上訴 】(上)
境界外縁星域を巡る両陣営の接触は、
当初こそ、平和裏に進むかに見えた。
だが、事態は、誰の予想よりも早く、
こじれ始めていた。
「宰相閣下、
エーデルシュタイン管区の調査隊が、
既に鉱脈周辺に、恒久的な採掘拠点を
築き始めているとの報告が」
補佐官の緊迫した声に、
フェリクスは、思わず眉を寄せた。
「まだ、住民の意向確認すら、
済んでいないはずだが」
「はい。ですが軍部側は、
『調査の一環』という名目で、
実質的な既成事実を、
積み上げているようです」
一方、ヴァルデマール側でも、
不満が募っていた。
「宰相殿の側が、我らの調査活動を、
あらゆる手段で妨害していると
聞いております」
レオンハルトの報告に、
ヴァルデマールは、
苛立ちを隠さなかった。
「妨害、というより、時間稼ぎだろう。
奴らは、対話とやらを続けるうちに、
俺たちの機動力の優位を、
無に帰そうとしているのだ」
この星域に暮らす、
独自の文化を持つ小さな民——
彼らは、自らを「ルーメンの民」と
呼んでいた——は、
この争いの狭間で、
次第に翻弄されていくこととなった。
「私たちは、ただ、
静かに暮らしたいだけです」
ルーメンの民の長が、
両陣営の代表を前に、訴えた。
「あの鉱脈は、
私たちの祖先の墓所でもあります。
安易に掘り返してほしくはありません」
だが、その声は、次元結晶という、
あまりに大きな利権の前では、
十分には届かなかった。
ついに、アンタレス裁判所に、
正式な提訴がなされた。
フェリクス統治区の代理人が、
エーデルシュタイン管区の
「既成事実による一方的な占有」を訴え、
対する軍部側は、
「宰相側の不当な妨害による、
正当な資源開発の遅延」を主張した。
第一審の裁定は、双方に、
部分的な譲歩を求めるものであった。
だが、いずれの陣営も、
これに納得しなかった。
「この裁定では、我らの正当な権利が、
著しく損なわれる」
軍部側は、即座に控訴した。
「住民の意向を、
十分に汲み取っていない」
フェリクス側もまた、控訴に踏み切った。
高等裁判所での審理も、
これまでにない激しさを伴った。
オズワルド首席裁判官は、
数ヶ月にわたる現地調査と、
双方の膨大な証拠の精査を重ねた末、
ようやく裁定を下した。
「鉱脈の開発権は、
ルーメンの民の同意を条件とし、
その利益の一部を、
彼らに還元することを義務付ける。
ただし、
既に築かれた採掘拠点については、
一定の既得権を認める」
この裁定は、両陣営、双方にとって、
受け入れがたいものだった。
「既得権を認めるとは、事実上、
軍部の強硬手段を、追認するに等しい」
フェリクス側は、猛反発した。
「同意を条件とするなど、
いつまで経っても、
開発が進まぬではないか」
軍部側もまた、強く反発した。
「これは……
もはや、高等裁判所の手には、
負えぬ域に達しているようだな」
報告を受けたアンタレスは、
静かに、しかし重い声で呟いた。
「陛下、両陣営とも、最終審への上訴を、
既に申し立てております」
セレスの報告に、
アンタレスは、深く息を吐いた。
「ついに、来たか」
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